COP21パリ協定、歴史的合意[特別寄稿]
2015年12月、パリで開かれた地球温暖化対策の国際会議「COP21」で温暖化防止に向け世界的合意がなされた。同時に行われたビジネス関連会合に参加した九州のエコワークスの小山貴史社長に、現地で感じた世界の動きとともに日本の住宅業界が今後目指す方向性について寄稿いただいた。
「人類は分岐点にいる。化石資源からの転換に全世界が合意し、エネルギーの未来が変わる。化石資源に依存する時代は人類の長い歴史の中で一瞬だったと後に言われるだろう。石器時代は石が狩猟や調理の道具として社会を支えた。現代において石は沢山あるがもう使っていない。同じように石油や石炭やガスがあっても使わない時代が来る。人と地球と利益それぞれの持続可能な価値創出が弊社の使命である」
2015年12月、パリで開かれたCOP21関連のビジネス会合に参加した私にとって最も記憶に残ったスピーチの一節を冒頭に紹介した。
数日後、徹夜続きのCOP21における国際交渉の結果、世界のすべての国々196カ国により奇跡的ともいえるパリ協定の合意がなされた。住宅業界へ影響の大きい部分は次の2つである。
(1)産業革命前からの世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えることを目指す。
(2)今世紀後半に人為的な温暖化ガスの実質排出ゼロを目指す。
「低炭素社会」から「ゼロ炭素社会」へ
米国のケリー国務長官はビジネス会合にも参加した
このまま対策が不十分だと今世紀末には約4℃の世界平均気温上昇が予想され、そうなると熱波や寒波やスーパー台風等の異常気象が頻発したり、グリーンランドの氷床が溶けるのが止まらなくなり、いずれ海面が7mも上昇するなど壊滅的な被害を招くと全世界の科学者が警鐘を鳴らしている。京都議定書以来、世界はすべての国が合意できる対策案について協議を重ねて来たが、ついにパリ協定で「2℃目標」とそのための「実質排出ゼロ目標」に合意した。
今世紀後半に人為的な温暖化ガスの実質排出ゼロとする社会を「ゼロ炭素社会」と呼ぶことを提唱したい。住宅業界ではここ数年、2030年までの低炭素社会へのロードマップが議論されてきたが、今後は今世紀後半、2050年に向けての「ゼロ炭素社会」へのロードマップが必要と考える。これからの社会が目指すべき目標は低炭素や省エネを超えるゼロ炭素やゼロエネなのである。
世界の平均気温の上昇は温暖化ガスの累積排出量に比例することから、2℃目標が持つ意味というのは、温暖化ガスの人為的排出を単にゼロにすればよいのではない。研究者によれば世界の累積排出量には上限があり、今後は石油、石炭、ガスの推定埋蔵量の約3割しか燃やせないと言われている。
住まいづくりに与える影響
住宅業界は長期的な視点が重要な業界の一つである。なぜなら住宅は一度建築すると長期に利用されエネルギー消費により二酸化炭素を排出し続けるからである。野村総合研究所の予測によれば現在建築されている住宅の取り壊しまでの平均寿命はおよそ70年と推定されている。2016+70=2086年となるわけで、今世紀後半まで躯体が使用されることを想定する必要があり、すなわち「ゼロ炭素社会」においても価値ある住宅となることを目指す住まいづくりが現世代の未来への責任である。
そう考えると、現行の平成25年省エネ基準はさらに強化の必要性がある。住宅が長期に利用されるという観点から、その省エネ性を将来にわたっても担保するために、特に外皮の断熱性能については新築時に相応に強化しておくべきである。設備機器は寿命や故障の場合に交換できるが、断熱材やサッシは容易に交換できないからである。
現状の国の住宅の省エネ施策は中小工務店や大工が省エネ基準にすぐには対応できないという理由で義務化が慎重に進められているが、今世紀後半に「ゼロ炭素社会」を目指すことを考えると、一刻も早く業界全体の技術力を向上させて新築の省エネ基準の適合率を高めなければならない。
いま私たちが建築している住宅は2050年頃には子どもや孫の世代が住み継いでくれているだろう。住まいをつくる時はお客様も工務店も、子どもや孫の世代のことを考えて取り組む必要があるのだと思う。
ZEHロードマップ決定
「ゼロ炭素社会」のイメージは、電力は再エネ等のカーボンフリーな電源が100%となり、車はそのカーボンフリーな電気または水素で走り、住宅においてもストック平均でZEH(ネット・ゼロ・エネルギーハウス)が実現される社会が一つの例である。
電力系統側で再エネ100%にすれば、住宅等の需要側の省エネは不要という考え方もあるが、そのためには夏の日中の冷房負荷ピーク対応など電力系統側に膨大な負荷を強いることになるので、2014年に決定したエネルギー基本計画では、住宅等は電力系統に負荷をかけないエネルギーの自立化が目指されている。そのためにZEH化が新築住宅においても既築住宅においても必要なのである。発電所から住宅に至る送電経路において約6割のエネルギーが失われ実際に使わるエネルギーは約4割程度であることを考えても、住宅における創エネはエネルギーの利用効率を高め、合理的な選択といえる。
2015年12月に経産省の審議会で決定したZEHロードマップは私も検討委員会に参画した。ZEHロードマップに基づいて、新築戸建住宅は2020年にZEHを過半数とし、2030年に平均でZEH化することが国の施策として目指されるが、さらに本丸である既築戸建住宅については2050年頃までにすべての住宅のストック平均でZEH化という目標を掲げ官民を挙げて取り組む必要があると思う。
日本はZEH先進国
日本の新築戸建住宅市場では概ね1割弱程度が既にZEHといえる水準で建築されていると推定する。一方、世界に目をやると、欧米での太陽光発電の普及は大規模ソーラーが中心で、家庭用太陽光発電の普及は日本と比較すると実は遅れている。
今回のパリのビジネス会合で、建築関係者20人くらいの会合に参加する機会があった。参加者はアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、デンマーク、ドイツ、中国、フィリピンなど様々であったが、それぞれの国においてZEHについては口を揃えてほとんど普及していないと言う。私が「日本ではZEHの普及が始まっている」と紹介すると一様に驚かれた。
EU指令で2020年までに建築物・住宅はZEH義務化と定まっているのでEU各国は2020年までに国内法を整備する義務があり、日本より進んでいると思い込んでいたが、実はそうではないことを今回認識した。
日本の住宅の高断熱化は遅れているが、ZEH普及は欧米に先んじる可能性が高い。省エネ基準程度の低断熱に太陽光発電を大容量に搭載したメカメカZEHではなく、世界の「ゼロ炭素社会」の模範となるような高断熱ZEHの普及を目指したい。高断熱化が健康性に優れ国民の幸福と医療費や介護費の削減につながり社会的にも大きな便益があることは言うまでもない。
業界挙げた取り組みを
現代史において最大の社会変化が始まろうとしている。COP21で合意されたパリ協定は、一言でいえば「ゼロ炭素社会」に向けて全世界が合意した確実に起こる「変化」なのである。
ZEH普及には心理的に抵抗のある方も多いが、”石油や石炭やガスを燃やせない時代”を目指すことが確認された今、気持ちを切り替え、未来からの要請ということで業界を挙げて取り組んでいかねばならない。
来るべき「ゼロ炭素社会」の実現に向けて、志ある皆さんとともに住まいづくりの分野で現世代としての務めを果たしたいと考える。未来の人類の存亡は私たちの世代一人ひとりに委ねられていると言っても過言ではない。
エコワークス株式会社代表取締役社長
一般社団法人JBN(全国工務店協会)
ZEH委員会委員長
小山貴史
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