みやじまなおみ
以前、私が某新聞の広告で書かせていただいた文章を一部、引用します。
――和室のかたちのなかでも、「床の間」は、掛け軸や美術品、あるいは四季折々の草花を飾る“展示スペース”として日本独自の発展をしてきました。
床の間のルーツには諸説ありますが、室町時代初期までは唐物の掛け軸や花器、香炉などの工芸品を室内に飾ることが上流社会の人々の間で流行していたようです。
その後、今日の日本家屋のもととなる武家住宅(書院造)が成立し、室内に畳が敷かれるようになり、掛け軸の下に飾り道具を置く「押板」というものが生まれ、それがつくり付けの床の間になったといわれています。
床の間は畳よりも一段高くつくられ、座敷の中でも一番重要な場所となりました。今も床の間に近いほうを「上座」、出入口に近いほうを「下座」と呼ぶのもその名残でしょう。
床の間に飾る掛けものや生け花は家々の心を映し、特別な静けさを伴ったひとつの空間が生まれます。その前に座ると、なぜか心が無になり、穏やかになっていく……。
和室は来客をもてなすハレの場であると同時に、自分と向き合う場でもあるのかもしれません――
この写真を見ると、とても心が無になっているとも思えませんが(笑)、わが家の和室にも、床の間というものがありました。四季を楽しむ日本の暮らしに習い、掛け軸とは別に、さまざまなものが飾られていたと記憶しています。
3月といえば、やっぱり「おひなさま」。3月3日の桃の節句、ひな祭りに向けて、母方の祖父母が孫娘の成長と幸せを願って贈ってくれたひな人形を床の間に飾っていました。
うちのひな人形は、ガラスケースに入ったよくある3段もの。ですが、ひな人形は、子どもの災厄を引き受けてくれる守り神のようなものと聞きます。大きさの問題ではありません。わが家のひな人形も、小ぢんまりしているものの、役者はしっかり揃っていました。おだいりさまとおひなさま、三人官女、五人ばやし……(五人ばやしの横にいる2人と、下にいる3人は、いったい誰でしょうか?)。
物心ついてからは、2月のカレンダーになると、母と一緒におひなさまを飾るようになりました。ところが、一度片付けると、人形たちが持っているお道具がバラバラになってしまうので、思いのほか時間がかかります。
「この柄杓は誰が持っているんだっけ?」「このお膳はどこに置けばいいの?」と、さながらパズルのよう。そのうちに、お人形の首もがっくり下を向いたり、そっぽを向いたり……それも今となってはいい思い出です。
妹が生まれてからは、床の間にガラスケースが2つ。でも今は、ひな人形を飾る習慣自体、少なくなっているのかもしれませんね。
しかし、あらためて当時の和室を思い返すと、床の間の飾り以外、「なんにもなかった」という印象です。
もちろんお客様がくれば座卓と座布団を出しますが、普段はそれすらない、すっからかんの部屋。でも、畳に座れば、自然と目線が低くなり、天井が高く、部屋全体が広く感じられますし、畳の上にごろりと寝転がれば、イグサの香りが心をリラックスさせてくれます。その頃はそれが当たり前だと思っていましたが、もしかしたら、そんな和室独特の「余白」が心を落ち着つかせてくれたのかもしれません。
また、和室のよさは余計な家具を置かないことで、人が大勢きたときの食事や祭事、お客様の寝室として、ひとつの部屋で何通りもの使い方ができる融通性があること。その情景に溶け込む無垢の柱、梁、土壁、ふすまなど、自然の素材が織りなす和の造作は、昔から伝えられた知恵と技術が詰まった素朴な美といえます。
ちなみに、うちの床の間の両脇にある床柱は、節がでこぼこしている形のまま使われていたような気がします。だからか、そこに漂う空気もなんとなくすがすがしく感じられたりして……と書いていたら、あの部屋にタイムスリップしたくなりました!
今は、椅子に座る暮らしが身についていますが、和の空間って、やっぱりいいですよね。日本の美意識、自然と共存する和の暮らしをもう一度見直してみたくなります。
みやじま・なおみ miyajima naomi 主婦ライター。有名人・著名人のインタビュー原稿を請負うほか、編集ライターとして40冊近い書籍の執筆に携わる。神奈川県横浜市の一戸建てで、家族5人、昭和40年代を過ごす。
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