三浦祐成
本連載は「新建ハウジング」「リノベーション・ジャーナル」発行人の筆者が、昨年末に発行した「住宅産業大予測2015」をネタに、これからの住宅市場について考えていく時事コラムです。まずはじめに、いま業界では注目が高まっている「住まいの高性能化×健康長寿」という切り口で数回書いてみたいと思います。
「住宅産業大予測2015」では、「住まいの高性能化=健康長寿」ということについて多くのページを割いて触れました。大事な問題だと考えているからです。
住宅の高性能化が住み手の健康リスクを引き下げ、長寿の実現につながるはずだということは、すでに多くの研究発表や記事・コラムが世に出ていますし、「スマートウェルネス住宅等推進モデル事業」や健康・省エネ住宅を推進する国民会議やその地域協議会の活用を通して周知が進みつつあるので、本稿では触れません。
本稿では、新築住宅の高性能化や「省エネ健康快適リフォーム」/「エコリノベーション」がどうすればもっと普及するのかについて、筆者なりの10の切り口で考えたいと思います。
今回はまずは4つをご紹介します。
1
問題を発明する
住宅の性能と住まい方が住み手の健康長寿を左右するということ、つまりは住宅の高性能化によってヒートショックリスクを低減できること、万病のもとである冷え、アレルギーのもとである結露は高性能化によって改善できることは、高性能住宅を手掛ける実務者や研究者のあいだでは「当たり前」のことでした。
ですが、住み手には、このことが身近に潜む大きな「問題」であることは伝わっていませんでしたし、つくり手の多くにとっても同様でした。
その点で、健康長寿を切り口とする高性能化のアプローチは、「問題を発明した」と言えると思います。
ここで言う「問題の発明」とは、現実には問題が発生しているのに社会的にそのことが認知されていなかったり、問題自体は認知されていてもその原因が認知されていなかったり因果関係が明確でないテーマをピックアップし、これは大きな問題だと伝え、その解決を促すこと。
この「問題の発明」は社会的な課題をビジネス化し「三方よし」を実現するための有効な手法で、住宅にはまだまだ「問題の発明」の余地があると思っています。
2
みんなで伝える
問題を発明したら、そのことを「みんなで」住み手と業界に伝えていくことが必要です。
1社で問題提起をするのは大変ですし、市場は簡単には動きません。志と自社の利益を含めた思惑が一致する企業や団体、個人、行政、政治家などが連携しながらみんなで発信を続けることが大事です。
また、誰かが旗を揚げれば、「自分もそれが問題だと思っていた」という人や企業が、それぞれであちこちで旗を揚げ始め、大きなうねりになり、その過程で連携も進んでいきます。
すまい×健康長寿問題については、スマートウェルネス住宅の普及啓発の動きに窓メーカーや断熱材メーカーの発信、さらにはパッシブハウスジャパンや日本エネルギーパス協会をはじめとするネットワークの発信が重なり、業界内には一定の認知が進みつつあります。
この動きを「うねり」のレベルまでもっていくには、それぞれのさらなる連携が必要だと思います。
3
「自分ごと化」する
こうして認知を広げながら同時にに考えるべきことは、どうしたら住み手の心を動かし、行動につなげることができるか。
人は基本的に「自分ごと」でなければ心が動かず、行動にも移さないからです。
ここで言う「自分ごと」とは「これは自分に関係のある話、メリットのある話だ」と感じて動くこと。
ネットの普及で情報量が格段に増えているなかで、情報の大半は「他人ごと」として瞬時に判断され、スルーされるようになっています。
そのなかで関心をもってもらうには、いかに「自分ごと」として受け取ってもらえるか、問題の伝え方に工夫が必要です。
住宅高性能化に引きつけて言うと、「他人ごと」なアプローチは「地球にやさしい」「省CO2」だと言えます。
もちろん温暖化問題に関心があり、そのための努力を、小さなことから「自分ごと」としている方もたくさんいます。
ですが、地球のためだけに、省C02のためだけに百万円単位のお金を出して高性能化やリフォームをする人はほとんどいないでしょう。
このため使われたのが「お財布にやさしい」「省光熱費」という「お金」「お得」アプローチで、この設定は太陽光発電ブームとあいまって大成功しました。その状況については改めて述べる必要はないでしょう。
補助金や金利優遇などの提案も同様の「お金」「お得」アプローチのひとつだと言えます。
こうしたアプローチは今後も有効ですが、高所得者にとっては魅力が薄いのと、原油価格や電力料金の上下動など外的要因に左右されやすいのが、難点といえます。
他方、健康長寿を願わない人はいないので、本来もっとも「自分ごと」化しやすいテーマです。だからこそ、健康グッズやマッサージなどに人はお金を使い、その市場規模は5兆円を超えているとの推計もあります(リフォーム市場と変わりませんね)。
これまでは住まいの性能が健康長寿と結びつくことが知られていなかった。そこをきちんと伝えることで「自分ごと」感が強まり、高性能化への関心を高めることは可能だと思います。
嫌らしく言えば、医師をはじめとする高所得層にも有効なアプローチではないでしょうか。
4
わかりやすく伝え
イメージしてもらう
現状では、健康長寿だけで住み手の心を動かすにはまだ弱いので、そこに「自分ごと」感が同様に強い「お金」「お得」のメリットを重ね、さらには「快適さ」という本来は「自分ごと」感が強いけれどまだまだ未開拓のメリットを重ねて、心を動かしていくことが必要だと考えます。
今後は「快適さ」をどう「自分ごと」化し、そのメリットを伝え、体感によって納得してもらい、心を動かすか、ここにはまだ可能性、そしてフロンティアがあるでしょう(通風とか日照とか湿度とか。要はパッシブデザインの出番ですね)。
話を戻すと、「自分ごと」化して心を動かすには、わかりやすく伝え、「やるメリット」や「やらないデメリット」をイメージしてもらうことが大事です。
ひとつの方法は、キャッチフレーズ化や比喩(メタファー・たとえ話)で伝えること。
最近はいろんなキャッチフレーズが出てきていいなと思います。
筆者も「寒い家は万病のもと!?」という、「冷えは万病のもと」というよく知られているフレーズを引用することでイメージしやすくしたキャッチフレーズを使っています(最後に?が付いているのは、完全にエビデンスが集まっているとは言えないかもという、ある意味逃げです)。
比喩もイメージを喚起するうえで有効です。
高性能住宅をイメージさせる有名なものとしては「魔法瓶」がありますし、「穴のあいたバケツ」などもそうでしょう。
健康長寿に引きつけて言えば「家で生き生きと楽しく過ごすAさん。家で寝たきりで過ごすBさん。2人の老後を分けたのが、断熱の大切さを知っていたかどうかだとしたら、あなたはどうしますか」といったフレーズをどんどん開発することも必要です。
このあとのプロセスとしては[5 きっかけを与える][6 情報を注ぎ続ける][7 体感してもらう]などなどと10まで続くのですが、長くなったので次回にしたいと思います。
三浦祐成 Miura Yusei 株式会社新建新聞社代表取締役社長
新建ハウジング・リノベーションジャーナル発行人 1972年山形県生まれ、京都育ち。信州大学卒業後、新建新聞社(本社:長野市)に入社。新建ハウジング編集長を経て現職。ポリシーは「変えよう!ニッポンの家づくり」。「住宅産業大予測」シリーズなど執筆多数。住宅業界向け・生活者向け講演多数。
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