大島健二
既得権として存在し続ける増築物件
“もう二度と新築が許されない建てもの”というものがこの世の中にはあり、つまりそれは増改築でしか生き 延びて行くことのできない建てものだと言い換えることができる。江戸の中期より花街としてにぎわった柳橋 のあたりにそれらはある。花街のなくなった現在、正確に言えば神田川の最下流、川の上に増築されていると いったほうがよく、舟宿と称してはいるが、屋形船や釣り船に乗るための施設である。治水や河川管理の面か らすればこんなあぶなっかしい建てもの群は当局にとってお荷物でしかないが、あくまでも既得権として存在し 続けている。 既得権……そう、それは蜜の味。
細部に目をやるとそこかしこにこの建てものへの愛が伝わってくる。手摺にかぶせられた上品な銅板は緑青 をふき味わい深く、もうそこは川の上だというのに、なぜか丁寧に横樋・縦樋が設けられ、雨水は静かに川の ナカへ……。水位が上がれば下階は確実に浸水すると思われるが、神田川の水で洗われたその外壁のすさび 具合がなんともいえない趣を醸し出している。
かつての日本には多く存在したこれらの水上建築も、不法係留とのそしりをまぬがれず、ほとんど姿を消し てしまった。この水上建築が増築力によって生き延びていくことを祈らずにはいられない。
リノベーションジャーナル電子版創刊号から転載
大島健二 oshima kenji OCM一級建築士事務所代表 1965年、神戸生まれ。神戸大学大学院建築学科修了(西洋近代建築史専攻)。日建設計で超高層ビル、官公庁、研究所など担当し、1995年に独立。1997年からバンタンデザイン研究所講師。2000年にOCM一級建築士事務所を設立。
http://www.ocm2000.com/
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