大久保慈
フィンランドはもうあと数年で建国100年を迎える、若い国だ。独立国家としての歴史は短いが、この国に人々が住み着いてからの歴史は長い。狩猟時代の森の小屋、スウェーデン領であった頃の領主たちの邸宅建築。ロシア統治時代の建物、独立の頃の民族主義から生まれたナショナル・ロマンティシズム、中央ヨーロッパの流行をこの国なりに解釈して取り入れた新古典主義やら機能主義。時代の流れはこの国に着実に足跡を残し、都市に豊かな味わいを醸し出す。
■歴史的な街並みの基準とは
じつはフィンランドでは40年くらい経った建物が技術的、社会的な老朽化から、最も大きな解体の危機に逢うのだとか。統計的な年数である。でもそれが過ぎても残った建物はだんだんと価値が上がり、歴史的な建物として大切にされるようになっていく。そんな時代というフィルターに濾過された建物は街の中で時代を象徴する。だからフィンランドの歴史的な街並みというのは基本的に築40年以上の建物で構成される古い町と言っていいのではないだろうか。逆に40年を迎える前の建物は評価が固まらない建物である。もちろん40年を経ない建物を次々と壊していたら街はその歴史的アイデンティティーを育てることはないだろう。
フィンランドで行われる公共建築のコンペの評価基準で大切なことの一つは、その時代を表現しているかということだ。いまさらのような時代錯誤の作品が優勝を勝ち取ることはない。建物を改修や改装、用途変更する際にも大切なのはその時代の建物の特徴を壊さないことだ。具体的には外壁の色や形、屋根の形状、軒の高さ、階段室などの特徴ある部分を変えないこと。2000年代になって、改装などで80年代のポストモダニズム風の建物にしたり、新築したりしてしまうのはあり得ないのだ。せっかく超えた40年の危機をまた迎えることになるではないか。
■リノベーションが憧れの対象に
歴史的な建物が作り出す独特な街並みはロマンチックだ。しかしながら取り壊しの憂き目を見た建物も多い。改修や改装よりも建て替えのほうが設計の自由度が高いので、その時代のニーズに合ったものができる。その上改築のほうが費用も抑えられることが多い。古い時代を建物のアイデンティティーとして認識してその価値を見出すという境地に至るまでには、やはりさまざまな意識改革への努力があったように思う。
ヘルシンキの街の変化を、つぶさに写真で追うことで心無い開発から街を守り、住民の意識を高めたといわれる伝説的な本が出版されたのは70年代に入ったころだ。国立美術局も、個々の建物保存から環境を守るという包括的な保存へ向けて大きな役割を果たしてきたと思う。 そういった努力のおかげで、近年、顕著なのは公共施設などに見る用途変更や大規模な改装の成功例だ。そしてそれによって古い建物のリノベーションに対してお洒落であるとか肯定的なイメージが広がっているように思われるのだ。安いから、立地条件のいい建物に住みたいから仕方なく、ということではなく、重厚な建物や価値ある材料を使った建物に対してのリノベーション自体が憧れの対象となってきたのではないだろうか。
■構造と水回り改修には許可申請が必要
ムーミンのパパがいつも家のどこかを改修しているように、フィンランド人は木造の家なら自分で建ててしまうというような人も多い。床材を張り替えたり、削ったり、壁を塗りなおしたりということならば多くの人が自分でやってしまう。しかし集合住宅ではもちろん、テラスハウスなどでも何をしてもいいというものではない。地震がないお国柄とはいえ構造体と水回りに関しては建築家による許可申請が必要になっている。ここにもまた、「土地利用と建築法」という都市計画と建築を網羅した法律による地区詳細計画、それに建築管理局がしっかりと機能して、この国の住環境の質を守っているのだ。
リノベーション・ジャーナルから転載
大久保慈 Okubo Megumi 建築家。1974年生まれ。1998年明治大学理工学部建築学科卒業。2009年ヘルシンキ工科大学(現アールト大学)建築修士修了。1999〜2012年フィンランド在住にてR-H Laakso、JKMM、K2Sなどの現地事務所勤務の後、2012年から日本に活動拠点を移す。フィンランド建築家組合 (SAFA)正会員。著書に「クリエイティブ・フィンランド-建築・都市・プロダクトのデザイン(学芸出版社)」 http://www.megumiokubo.com住宅ビジネスに関する情報は「新建ハウジング」で。試読・購読の申し込みはこちら。