別冊「月刊アーキテクトビルダー」のポイントを、大菅力さん(取材・編集担当)と編集部・松本めぐみが解説する本紙の「出張版」。3月号(2月28日号同梱)では、人事・採用がテーマ。日本人の働き方や仕事観が大きく変わる中、工務店が取るべき生産性向上策を議論します。
Topic1 生産性が上がらない理由
大菅 “ワークライフバランス教”、“労働は罪”の時代において、生産性が上がらない理由は3つ。まずは単に労働時間が短くなっていることです。昔はフル残業+サービス残業が当たり前でした。
善し悪しは別として、生産性は非常に高かったのです。しかも世の中の仕事に対するモチベーションが高めだったので、離職率も一定は抑えられていました。
松本 そこからどのように変わってきたんですか?
大菅 少し前はフル残業・サービス残業なし・離職率ほどほど。生産性もほどほどでした。今は、残業がほどほどになって、離職率は高いという状況になりました。
松本 まずは労働時間の問題がある、と。2つ目はなんでしょうか?
大菅 労働者のスキル低下ですね。昔はなぜスキルが高かったのか。長い労働時間に加え、上司・部下など上下関係も強かったので、仕事を「やらせる」ことができました。しかも離職率も低かったので、仕事をする技術の経験値が積み上がりやすかったのです。
それが、少し前から労働時間が減って上下関係も緩くなり、離職率も上昇したので、経験値が積み上がりにくくなったのです。経験を伝えること自体も困難になっています。マニュアルが重視されるのはそのためですね。
松本 3つ目は?
大菅 個々の資質の低下ですね。少子化もあって「友達親子」が当たり前の関係となり、小さいうちに人間関係のあつれきを経験しないので、子どもから大人に成長する機会が失われつつあります。
自我が未発達で他責、ストレス耐性の低い子どもが増えています。年代が下がるほどこの傾向が強くなると言われています。
松本 労働時間は短くなり、人は育たない。自分の頭でものを考える力は低下している―この三重苦の中で、どのようにしたら生産性は上がるんですか?
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Topic2 生産性を高める4つの手法
大菅 労働時間が短くなったことへの主な対策として、最も簡単なのは「商品を値上げすること」、そして「DX」、「単能化」、「マニュアル化」の4つです。
松本 とはいえ、ちょっと簡単にできるものではなさそうですね。
大菅 値上げはブランドが確立していることと、高い商品力が前提になりますね。DXは導入費用もかかるし、定着に労力と時間が必要です。一方、DXで何でもかんでも効率化できるわけでもありません。
松本 3つめの単能化とは?
大菅 仕事を細切れにして単純な作業を抜き出し、若い社員を早期に戦力化する手法です。これは仕事というより作業ですから、面白くないし、すぐできる分何年やっても技能は高まらないので、人が定着しづらくなってしまいます。
社員の使い捨て、中堅社員の空洞化、採用コストの増大にもつながる恐れがあります。4つ目のマニュアル化は単能化とセットで用いると大きな効果が出ます。
基本的には仕事を作業に置き換えます。作業手順の説明書とチェックシートを作成して、シートに全部○を付けるように行動してもらうことです。考えたり、判断したりする必要がないので、ある意味ストレスなく働けるのでは?
松本 全体のスキル低下への対策としてはどんな方法がありますか?
大菅 先ほど挙げた単能化やマニュアル化があり、その上で評価制度を整備するという手があります。要は技能の見える化ですね。今これぐらいの技能がある、ということを、経営者と社員で共通の認識を持ち、会社として伸ばしてほしい技能を提示する。
会社からのメッセージを伝えるツールとして活用している事例が多いようです。技能を高めた人には、明確な給与アップで意欲を高めてもらいましょう。
松本 評価制度とコミュニケーションはセットということですね。
大菅 部下とリーダー、リーダーと役員が定期的に面談して、働く意欲を阻害する要素を取り除くきっかけになります。
松本 個々の資質の低下への対策としてはどうなりますか?
大菅 選択の対象を広げることでしょうね。職種によって女性や高卒、シニア、外国人などを雇用することも視野に入れましょう。もちろん考えるべきことはあって、女性は出産・子育てによりフルタイムで働けない時期があり、どう折り合いをつけるのか。
高卒者は年齢ギャップが大きいのでコミュニケーションをどう取るかが課題。育成にも時間を要するし、ストレス耐性が低く離職リスクもあります。
シニア雇用は現状からのスキルアップが見込めないので、決まったことを繰り返す業務に向いているかもしれません。
外国人雇用は、現状では対象人材が少ないので、もう少ししてから考えるべきでしょうか。
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Topic3 規模別の生産性の高め方
松本 対策の有効性は事業規模によっても違いますね。まず社員2、3人のナノ工務店はどうでしょうか?
大菅 ナノ工務店は人数が少ないほど生産性がマックスに近づきます。ですから、今のやり方を少しずつ効率化すると考えるべきでしょう。
松本 社員が増えると変わりますよね?
大菅 多くのナノ工務店は建築好き。仕事と私生活が分かれていない働き方なので、今の時代は最大の強みとも言えるのでは。むしろ増員を考えると効率が落ちます。1代で辞めるつもりで事業を貫くことをお勧めします。
松本 10人前後の小規模工務店は?
大菅 小規模工務店はブランディングが上手で建物に特徴があり、利益率も高い―ものづくりの環境としてはバランスがよく、給料もそこそこです。それは中途の優秀な人材を採用できているから。
しかし、これからは厳しい環境で育つ人が減り、中途採用で優秀な人間が採れるとは限らなくなります。新卒を採用すると生産性が落ちます。利益率を伸ばして、教育費をひねり出す必要があるでしょう。それでも育成のノウハウを得るまでは苦戦しそうです。
松本 中規模工務店はどうでしょうか。
大菅 数十人の社員がいれば、一定のサイクルで人が出入りするでしょう。新卒や若手の比率が高く教育に手を割かれるので、利益率を高めること、若い人の定着率を高めて長期的に人材を育成することが大事です。高価格帯の住宅や、中大規模の木造施設など、受注金額の大きな建物を手がける必要があるでしょう。
松本 では大規模工務店はどうでしょうか?
大菅 大規模工務店は単能化やマニュアル化、DXの効き目が強いので、効率化は図りやすいですが、仕事が細切れになるので境域が難しい・仕事が細切れになっていくのでOJTと評価制度、面談だけでは応用力のある人材は育ちません。管理職や幹部の育成が肝になります。独自に育成する仕組みが必要です。
この記事は新建ハウジング3月20日号16面(2025年3月20日発行)に掲載しています。
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