【SO】緑と眺望を取り込む森に浮かぶ家—扇建築工房

「SO上質な日本のすまい3」には、職人の手仕事を大切にし、地域材や自然素材を用いた丁寧な家づくりを行う 地域に根ざした工務店による事例を多数掲載しています。扇建築工房（静岡県浜松市）が手がけたのは、擁壁に支えられた高台という、地形の魅力を存分に生かした住まい。2階に設けた居間とデッキ、外とのつながりは、内外の境を曖昧にすることで自然と一体化するような感覚が味わえます。

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緑と眺望を取り込む 森に浮かぶ家 扇建築工房［静岡県浜松市］

1.西側の森を感じる一番いい場所に居間と屋根付きのデッキを配置。居間は4帖ほどだが狭さはまったくなく、休日は壁をスクリーンにして映画鑑賞をするのが奥さまの楽しみ 2.前面道路が坂道になっているため、車が侵入・駐車しやすいよう建物をセットバックさせた。鉄骨と木を組み合わせたハイブリッド構造とすることで、柱のない4間間口の木造ガレージを実現 3.2階のデッキは杉とウリンで製作。緑と深い軒に囲まれた落ち着く居場所 4.持ち出しのウッドデッキ。借景の緑がいかに豊かであることかがわかる。ご主人はこの下でビオトープを楽しむ 5.玄関扉はなぐり仕上げ。ガレージと一体になっているため、雨の日でもスムーズに移動できる 6.キッチンからも北側の森と居間側の景色が見える。キッチンと対面収納のカウンターはレッドオークの無垢板、扉はラワン 7.ダイニングの目の前は木々の緑、眼下にまちが広がる。なぐりの床、天竜杉の天井にはご夫婦で柿渋を塗った。ペンダントライトはルイスポールセン 8.ご主人のターンテーブルやギター、奥さまのピアノを置いた共用の音楽室。外部に防音壁を兼ねた待受擁壁を設置したため、大音量で音楽を流しても外に漏れない 9.寝室の横長窓が西側の森の景色を切り取る。天井高と明るさを抑えた空間は別荘のような雰囲気 photo／原常由

“地形の魅力を引き出す、緑に包まれる居場所”

土地探しに難航していたご夫婦が目をつけたのは、浜松駅から車で15分ほどの高台にある少し特殊な土地でした。蛇行する坂道のコーナーにあり、その先は車が通行できない小道。そこに面した敷地の西側は擁壁にぐるりと支えられ、さらに東側にも高い擁壁がそびえています。

果たしてここに家が建つのか、ご夫婦の不安を吹き飛ばしたのは、扇建築工房と関わりの深い「くず不動産」の鈴木昌司さんでした。「土地を見るなり鈴木さんが『ここなら宙に浮かぶような素晴らしいリビングができますよ』と言ってくれたんです。その一言に背中を押され、ようやく土地探しを終えることができました」と奥さま。

扇建築工房社長の佐藤友也さんは「一般的な建築セオリーに照らすと、使いようのない崖付き変形土地。けれども、この特殊な地形も調理次第ですごくいい家になる、という確信がありました」と話します。

西側は雑木林、北側は大木の先に町の風景が広がります。２方向の緑と眺望を取り込めるエリアを「一番いい場所」と決め、そこにデッキと居間を配置しました。軒下に設けたデッキは、軒先が床から1.7mと低く、森の中の野営地を思わせるような落ち着き。開口部を大きく取り、内外の境を曖昧にすることで、自然の息吹を感じます。ご夫婦はここを「外居間」と呼び、休日のブランチやピンク色に染まる夕焼けを楽しんでいるそうです。

「居間・ダイニングが北向きなのがよかった」とご主人。直射日光が入らず、一年を通じて照度・熱量が安定していること、家具や持ち物が日焼けしないこと、何より緑が漆喰壁に映る美しさは、この窓でなければ体験できなかった魅力だと言います。「朝日とともに緑が浮かび上がり、室内全体が淡く緑色の光をまとったかのように映る様はとても絵画的で、起きるたびに幸せな気持ちになります」と奥さま。

１階には、特殊な地形を生かした、待受擁壁が防音壁を兼ねるユニークな音楽室があります。誰とも目が合わないほの暗い空間で、緑と対面しながら音楽に没頭できる時間も、他では味わえない幸せだと言います。

「SO上質な日本のすまい3」
発行／2024年11月18日
体裁／A4変形判・248頁
定価／3,300円