断熱上位等級5・6・7が浸透しつつあるなか、医学博士の星旦二先生は単なる「高断熱住宅」ではなく、「健康住宅」という新しい価値で住まいを捉えようと呼びかける。「健康住宅こそ日本の住宅、地域の工務店が長生きする道」だと説く星先生に話を伺った。
星 旦二(ほし・たんじ) | 1950年福島県生まれ。「医学博士(東京大学)」、「東京都立大学・名誉教授」、「元、放送大学客員教授」。専門は公衆衛生学、健康政策学、予防医学。著書は『人生を変える住まいと健康のリノベーション』(共著、新建新聞社刊)、『元気で長生きな人に共通する生活習慣29』(ワニブックス)など多数 |
2軒の寒い家で失敗
私は公衆衛生が専門で、健康長寿に関する研究に長年携わっています。そんな私ですが、住まいに関しては2度の失敗を経験しました。1軒目は高速道路に近く、新建材に覆われた冬寒い家でした。複合的な要因があるのでしょうが、まだ幼かった長男がぜんそくになってしまいひどく苦しみました。
2002年に建てた2軒目の家も到底満足できるものではありませんでした。とにかく冬が寒く、2月の23時に寝室の温度計に目をやるとわずか6.4℃しかありませんでした。結露もひどく窓まわりはカビだらけ。後でわかったことですが、壁の中の断熱材も2階の小屋裏もカビだらけでした。家族の健康にも影響を及ぼし、妻の血圧が高くなってしまいました。
断熱と健康の相関を体験
ちょうどその頃、私は、住宅の断熱性能と健康の関連性の調査に医学的な立場で参加することになりました。驚いたことに、住宅の断熱性能と健康には因果関係があり、温熱環境が良好な高断熱住宅に転居すると脳血管疾患、心疾患、糖尿病、アトピー性皮膚炎の有病率が明らかに減少することがわかったのです。
こうした経験を経て、2014年、私は自宅の性能向上リノベーションを決意しました。1階のリビングと寝室のある2階の窓に内窓(インナーサッシ)を取り付けて二重窓とし、壁を漆喰に塗り替え、床の複合フローリングを無垢材に張り替えました。
すると、室温は18℃まで上がり、室内の空気質がよくなり、明らかに快適を感じられるようになりました。さらに嬉しいことに、改修後わずか2週間で妻の高血圧が改善しました。2回の大きな失敗を経て私は、断熱性能や自然素材でここまで住み心地と体調が変わることを身をもって知ったのです。
健康住宅ってどんな家?
さて、「健康住宅」という言葉がよく使われますが、実はこれまで明確に定義されたことは1度もありません。「高断熱・高気密住宅」や「自然素材住宅」と同義に扱われるケースがほとんどで、享受できるベネフィットと言えば、エネルギー効率の向上による暖冷房費の削減や、カビダニ・温度差に起因する病気の抑制とそれによる医療費の削減でした。
これでは「健康住宅」の価値と必要性が十分に伝わらず、日本の住環境はますます世界から遅れをとる―。そう考えた私は今年、戸建て住宅における「健康住宅」の定義を初めて試みました(*)。
大まかに言うと「居住者の主体的な参画によって、住む人の人権と住まい、住まい方が長期にわたって確保され、結果的に家族の健康長寿が達成でき、資産価値が維持される住まい」を「健康住宅」と呼ぶことにしました。
年金がたくさんもらえて資産価値が目減りしない
特に強調したいのは、健康住宅に「子どもが心身ともに豊かに育ち長生きできる」「建物自体が長生きし資産価値になる」という2つの新しいコンセプトを加えたことです。
親が子どもに愛情をかけて接するのはもちろん、子どもの心臓・腎臓・肝臓が100%稼動する「完成臓器」になるまで身長を伸ばすことが将来の健康・幸福・長生きへとつながります。
健康長寿の最大のベネフィットはなんと言っても「年金」です。夫婦揃って95歳前後まで健在だと年金の総受取額は約1億円に達し、省エネによって節約できる暖冷房費をはるかにしのぐ金額を得ることができます。
そして、住宅ローンを完済した35年後も、竣工時とそう変わらない価格で売却できる「資産価値」を維持できるかどうかがとても重要です。日本の戸建て住宅は築20年程度で資産価値がゼロになり、30年程度でゴミの山になってしまいますが、この悪循環をなんとしてでも阻止し、100年単位で継続使用できる住宅を残さなければなりません。
「健康住宅」であるためには当然、断熱、気密、耐震、防火、防水、防音、遮熱、採光、空気質といった高い住宅性能が求められます。冬季でも室温が18℃を下回らず、年間を通じて寒過ぎたり暑過ぎることがなく部屋ごとの温度差が生じないこと、壁内結露せずカビダニが発生しないこと、風邪をひかず望ましい睡眠を確保できること、躯体がシロアリ被害にさらされないこと―。これらを竣工・改修の直後だけでなく、中長期にわたって維持するには、断熱等級5・6・7をクリアする断熱厚や樹脂窓は不可欠だろうと思います。
また、健康住宅を正しく評価するには、入居前から入居後50年後まで、住まいと住まい手の健康状態をその都度把握できる指標が必要です。そこで、「CASBEEすまいの健康チェックリスト」を参考にした評価シートを開発したいと考えています。
工務店こそ長生きしてほしい
先ほど、健康住宅には「資産価値」の視点が必要だとお話ししました。工務店のみなさんにはぜひ、長く快適・健康・安全が保たれる高性能な躯体をつくるのは大前提として、築数十年が経過しても価値が目減りせず、売主が納得できる価格で住まいを売却できる仕組みや買取保証を考えていただきたいのです。
さらに言えば、健康住宅の普及と定着には、大工さんや左官屋さんなど、建築系のあらゆる職人さんを束ねる地域の工務店さんの存在が不可欠です。住まい手とWin-Winの関係を構築し、メンテナンスや修繕をしながら長く一緒に資産価値を守るパートナーとして、工務店さんが元気でいてくれなくては困ります。
体験を「自分ごと」に
そして最も大事なのは、健康住宅を「自分ごと」として捉え、主体的に取り組む姿勢と体験です。
そこで、工務店さんに一番やってほしいのが「宿泊体験」です。寒い冬に一晩、健康住宅で過ごすだけで、部屋ごとの温度差がない暖かい暮らしの気持ちよさ、夜中トイレに起きずにぐっすりと眠れる喜び、窓辺が少しも寒くなく結露もしない驚きを感じられると思います。
できればそこに薪ストーブがあると最高です。ペレットストーブやエタノール式の暖炉でももちろん構いません。私たち人間は、炎の揺らぎを見ると心が安らぐようにできていますから、高断熱・高気密な住まいで炎の楽しみを知ることは大きな価値になります。
心地よい体験をした人は心が動き、わが家を健康住宅にしたいと思うはずですし、その成功体験を誰かに話したくなります。現に私が自宅の改築の話をいろんな人にしているように。
実は、2軒目の家の性能向上リノベをする際、まだ住宅ローンが残っていたために妻は乗り気ではありませんでした。けれども実際に住み始めてその価値を体験したらすぐに納得してくれました。成功体験とはそれほど偉大な力があり、多くの人に体験してもらうことで、健康住宅への先行投資は活発化するはずです。
(*)原著論文「戸建て住宅における健康住宅の概念整理と評価項目」星旦二(社会医学研究第41 巻2 号、2024 掲載決定)
(sponsored by YKK AP)
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