別冊「月刊アーキテクトビルダー」を、もっと多くの方に読んでいただきたい―そんな思いで9月から始まった本紙上での「出張版」。今月も取材・編集担当の大菅力さん、編集デスク・松本めぐみ2人が、10月号のテーマ・ラク家事デザインを語ります。現役子育て世代・松本のコメントにも注目!
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Topic1 ラク家事はファンタジーからリアルへ
大菅 新築でラク家事がテーマになるのは主に30歳前後の子育て世帯になるでしょう。特に意識が高いのは、夫婦においては主に妻側になるのかと思います。
松本 妻側の意識が置かれている状況がここ10年で変わりましたね。端的に言うと共働きが増えました。
大菅 とても大きな変化なので、ラク家事の意味が変わるのも当然です。10年前のラク家事は、流行の“丁寧な暮らし”の一環として、専業主婦が家事を前向きにこなすための提案が中心でした。しかし、今は生活の中にファンタジーが入ってくる余地が小さくなってしまったんですね。
松本 つまり、いまどきのラク家事の要望は「リアルそのもの」ということですか?
大菅 今の共働き世帯を見ると、子育てや家事の分担比率が高いのはいまだに女性の側だと思えるので、妻の切実なニーズとしてラク家事がクローズアップされているのかと。今のラク家事提案は、フツーの子育て世代の人たち、特に女性が日々のストレスにつぶされないための必須の手法なのです。当然、家づくりでは最優先事項のひとつになるでしょうね。
Topic2 ラク家事実現には設計力が欠かせない
大菅 住宅価格がどんどん高騰しているのに収入は増えないので、家を小さくして予算に合わせる現象が進んでいます。一方、ラク家事提案というのは、炊事や洗濯のための場所を設けて、収納もセットにしていくので、まともに取り組むと家は大きくなってしまいますね。
松本 ラク家事の要望を、単に家を大きくして要望を取り入れただけのプランでは、見積もり金額が予算と乖離して契約に至らないと。
大菅 顧客にプランを承認してもらい、契約を得るには現実的な大きさにしなくてはならない。つまり、いくつかのスペースを兼ねたり可変性を持たせたりして、スペースを現実的な大きさに納める必要があります。よくあるのは洗面室や脱衣室と、洗濯室を組み合わせることですね。洗濯物を干す場所を兼用するのもよくあるパターンです。料理に関する要素もあります。代表的なのがダイニングとキッチンの間にカウンターを設けて、調理の作業台と食事、どちらでも使える場にすることです。 動線を兼ねる方法もあります。玄関とパントリーをつなぐときに土間収納を廊下代わりにしたり、ファミリークローゼットから洗面や洗濯室にアプローチしたり。
松本 提案するには家事の内容を熟知している必要がありそうですね。
大菅 要望を効率的に空間化することは前提で、家事のお困りごとをイメージできて、解決策を肌感覚として知っているのが、設計者としてはベターです。
Topic3 ラク家事要望はSNSの影響を強く受けている
大菅 30歳前後の見込み客の場合、要望はSNSに強い影響を受けています。SNSの発信はもう業者主体なので、内容が似通っています。似通った内容の情報に多く触れると、その人の考え方も似通ってきます。結果的に熱心に情報収集する顧客ほど要望がステレオタイプになるんです。
松本 そのステレオタイプな考え方を知っておく必要がありますね。
大菅 具体的には「LDK20畳」「キッチン・ダイニングは横並び」「キッチンはアイランドかペニンシュラ配置のオープンキッチン」「玄関からパントリーを結ぶ動線」「調理家電を露出して置ける場の確保」「洗濯室とファミリークローゼットをつなぐ」「玄関側に手洗い」「リビングで遊ぶ子どもが見える位置にワークスペース」に集約されてくるのではないでしょうか。
松本 これらをまともに実現しようとすると、予算を超えてしまうのでは?
大菅 ですから、なぜその広さや配置が必要なのかを聞き、実現したいことを抽出しておく必要があるでしょう。特にキッチンはLDKの一部なので、家事を効率化することだけではなく、インテリアとしてのこだわりも絡みますから。
松本 横並びのダイニングとキッチンとか。
大菅 この配置は見た目からくる要望であることがほとんどで、スペースを節約するといった理由でほかの配置を提案しても承認されない傾向にあります。機能面のほか意匠面のこだわりを勘案して優先順位をつけていくのが大変重要かなと思います。
松本 キッチンは多くの要素が意匠と絡んできそうですね。
大菅 LDKの一部で全部見えてしまいますからね。システムキッチンは好きなものを選んでもらえばいいのですが、収納や仕上げ材はうまく納まるのか、普段から手入れしやすいか、プロが勘案して提案する必要があります。
Topic4 ラク家事プランを承認してもらうポイント
松本 具体的な打ち合わせのポイントはありますか?
大菅 ひとつ目は、要望をほぼすべてプランに落とし込む手法です。聞き取りの際に実現したい内容は何かをはっきり確認した上で、ほぼすべての要望を落とし込むように努めます。
松本 でも、予算を考えるとそれは難しいという話でしたよね。
大菅 なので「ほぼすべて」なんです。多少要望とは変わっても、項目は全部反映したファーストプランを提出するんです。要望を見える化すると、顧客は要望を実現できる大きさ、かたち、トレードオフの関係がイメージできるようになるので優先順位がつけやすくなり、プロと具体性のある打ち合わせができるようになります。
松本 設計力は必要ですが、経験豊富な設計者には向いた方法でしょうね。
大菅 ポイントは1階と2階のスペースの割り振りです。総2階に近いほど合理的でコストも安く済むのですが、SNSに出回る要望をまともに実現させようとすると、1階が広くなります。それをいかに2階に振り分けていくか。
松本 ほかの方法もありますか?
大菅 特にコストの制約が厳しいときは、過去の類似のプランをたたき台として見せてしまう手法もあります。「あなたの予算ではこのぐらいの大きさで、ここは無理だけどこれはできる」ということですね。最初にできること、できないことをはっきりさせてしまうんです。
この記事は新建ハウジング10月20日号16面(2024年10月20日発行)に掲載しています。
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