新築、とりわけ工務店の主戦場であった持ち家が減少していく中、次の需要をどこに見出せばいいのか。データサイエンスでより良い世界を目指す慶應義塾大学医学部教授・宮田裕章さんに、新建ハウジング発行人の三浦祐成がそのヒントを聞いた。
LIXIL Good Living友の会2024年度年次大会で行われた特別対談「『住宅産業の未来をデザインする』地域連携により共創するこれからの経営」の一部を再編集してお届けする。 (協力:LIXIL Good Living友の会)
三浦 住宅業界が今抱えている課題は、シンプルに言うと家が売れないことです。人口、特に若い人が減少し、インフレで賃上げも進まないことに加えて、特に若い人に多いのですが「“家”が自分のウェルビーイングに直結しているという感覚が持てない」ことも大きな理由なのではないかと。自分の価値観やライフスタイルに合う家、要は買いたい・住みたい家が、まだまだ世の中は少ないという気がしています。おそらくは価値観やライフスタイルの多様化に、住宅業界が追いついていない。
その解決の糸口になりそうなのが「どんな暮らしをしているのか」という体験価値。体験価値を見える化し共有すれば、“こんな素敵な暮らしがしたい”と思っている人に対し、住宅業界もそんな家をつくってみようと思えるのではないでしょうか。
宮田 古くから衣食住というのは“エッセンシャルオブライフ(生活になくてはならないもの)”と言われていますが、同じく生活に必須なものである「衣」と「食」を見ていくと未来も見えてくるのではないでしょうか。例えば衣類は、流行をつくって定期的に廃棄させるという問題が起きている。住宅も新築主義のように、それに近いものがあったわけですよね。
その業界モデルそのものが、問い直されるタイミングに来ているのかもしれないですね。ライフスタイルや職業、自分の趣味が変わったときに、どういう住まいを整えれば、よりその人が豊かになれるのか。そういう提案をする余地は、実はいっぱいあるのではないか。技術的には選択肢はあるけれども、それをマッチングして一人ひとりのウェルビーイング、未来を拓くビジネスモデルや仕組みはまだできていない。むしろ大きな可能性があるんじゃないかと思いますね。
三浦 家ってまだまだ再発明できる。でも、業界からするとニーズが本当にあるのか、ここまで尖った提案で大丈夫なのか、不安もある。データを蓄積することで需要が見えたり、逆に生活者の需要が喚起されたりする可能性はある気がするんです。
データを活用して生み出す住まいの付加価値
宮田 今まではそうしたデータが使えなかったので、その場所の「占有権」だったんです。既にオフィスでは占有し続けるロスを減らすために終業後、使うフロアを限定して電気代を節約するところも出ていますが、その空いた時間とスペースを、別の形で使うことだってできるんです。
家も、滞在時間や目的によっては寝る場所、プラスアルファぐらいでも良いのかもしれない。ちょっと仕事をするぐらいなら、シェアオフィスのほうがむしろいいかもしれないし、生活圏の近くにあるオンライン用のブースを予約するほうが圧倒的に効率がいい。そのためにカラオケボックスを使うことだって考えられます。
既にあるいろいろなものの機能を転用したり、少しのリフォームでも、データによって劇的に価値を転換できる部分もある。この「生活する場所」と「働く場所」というのが、もう少しグラデ-ションの中で、その人のライフスタイルに応じて役割を柔軟に変えていくことができるような気がします。
三浦 例えば、自分が使うとき以外は貸し出して、その家賃収入でローン支払いを賄うモデルなど、家の買い方、借り方も多様化してきた感じがしますね。
宮田 家も自分が住んでいる時間、使っている時間以外は貸すということもできるかもしれない。魅力的な住まいの価値が高くなるのであれば、そのままその次にも付加価値として引き継がれていく可能性がありますよね。センスのいい住まいをつくって、それがまた新たな収入を生むようになれば、リフォームの価値自体も全く変わっていくのではないでしょうか。
三浦 そう考えると、まだまだその多様な価値観、多様なニーズ、多様なライフスタイルに、リフォームでアジャストしていける可能性があるなと思いました。
住宅ビジネスも変えるデータのとらえ方
三浦 この業界の課題のひとつに「一回性」があります。普通の人は家を建てるのが1回限りで、ほかの事業者にはなかなか頼まない。事業者とその生活者が会うのも下手すると1回限りになってしまう。
宮田 住宅業界に関して言えば、まさにこのデータの履歴がつながることによって、売り切り型のビジネスだけじゃなく、その人が生きることを継続的に支えていくことができます。メンテナンスの時期を通知するとか、子どもができた、介護が必要になったなど、生活そのもののいろいろな変化をデータで察知して提案し、継続的に生きることを支えていく。
住むためだけの最低限の場所を売るんじゃなくて、その場所で豊かに暮らしていける「体験」を提供するんです。デジタルによって、あらゆる分野が体験価値を軸にしたビジネスモデルに変わっていくでしょう。住宅という箱、あるいは機能を売るのではなく、そこに住むことがどういう素敵な体験になるのかを一緒に伴走してデザインしてい
く。ここの変化をつかんだ企業が未来に残っていくのではないかと思います。
三浦 おっしゃっていただいたように、住まう人が生きていくのに、ずっと寄り添い続けられるのが、本当は工務店だと思います。そこにはリフォームも含めた事業のチャンスがまだまだある。
慶應義塾大学の伊香賀俊治先生は、まさに住んでからの室温と健康状態の相関関係のデータを調べ、蓄積されています。寒さ暑さは体に負担をかけるし、疾病を引き起こすリスクも高くなっていく。その相関関係を調べていらっしゃるんです。
室温を一定に維持するために、住宅業界では高断熱化に取り組んできましたが、やっぱりデータとエビデンスがないと、それが政策に反映されにくいし、生活者のモチベーションも喚起しにくかったりします。
伊香賀先生の研究によって、家が寒いと病気になりやすいことが明らかになって「なら窓を取り替えよう」「断熱性能を高めよう」というモチベーションが何となく生まれつつある。昨年の政策でも補助金が投入されています。これってまさに、データが少し共鳴し始めているということですよね。
宮田 素晴らしいですね、共鳴していますね。
この記事は新建ハウジング7月20日号16面(2024年7月20日発行)に掲載しています。
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