住友林業(東京都千代田区)と京都大学が共同開発した世界初の木造人工衛星「リグノサット(LignoSat)」が完成し、5月28日京都大学構内で報道陣に公開された。衛星は今後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に引き渡され、9月に米国ケネディ宇宙センターからスペースX社のロケットで国際宇宙ステーション(ISS)に移送。10月に日本実験棟「きぼう」から宇宙空間に放出される予定となっている。
伝統技法の“組接ぎ”で組立て
「リグノサット」は、宇宙で木材が使用可能かを検証する「宇宙木材プロジェクト」として、2020年から4年をかけて開発。住友林業の紋別社有林(北海道)で伐採したホオノキ材を使った立方体の衛星で、サイズは100mmx100mmx113.5mm、重量は1.092㎏。木材と金属では熱膨張係数に差があることから、構造体には金属製のネジや接着剤を使わず、日本の伝統技法である「留形隠し蟻組接ぎ」(とめがたかくしありくみつぎ)により、木材同士を直接組み合わせている。構造体の制作は、黒田工房(滋賀県大津市)が担当した。
宇宙空間に放出する際の安全性を確保するため、木造構造体の周辺に保護用のアルミフレームを設置。中に基盤などを内蔵している。電源システムとなる構造体表面の太陽光パネル(計10枚)は、宇宙での使用実績のあるドイツ製の接着剤で接着した。完成した衛星はNASA、JAXAの安全審査により、過酷な宇宙環境下でも耐えられることが確認されている。
この宇宙ミッションでは、90分に1回のペースで地球を周回。45分ごとに昼間は100℃、夜間はマイナス100℃に達する。この極限環境に木材をさらすことで、木材の形状変化や内部システムへの影響などを解析することが狙い。他に、通信をアマチュア無線ベース(UHF帯)で行い、アマチュア無線家と直接交信することを計画している。
環境性能の高い木材は宇宙向き
宇宙空間では、使用済みの人工衛星がスペースデブリ(宇宙ゴミ)となることを防ぐため、大気圏に再突入して燃焼・消滅させることが国際ルールとなっている。しかし、現在主流のアルミニウム製の人工衛星では、燃焼時に酸化アルミニウムが生成されるため、これがオゾン層を破壊する要因となっている。
同プロジェクトの中心メンバーである元宇宙飛行士の土井隆雄特任教授によると、木材を使った人工衛星の場合、大気圏突入時に燃焼しても二酸化炭素と水蒸気になるため、アルミニウムと比べて地球環境に与える影響が抑えられるという。また木材は高周波電磁波を透過するため、アンテナなどを内部に収納することができ、システムの簡略化が図れるといった利点もある。
他にも、火星など地球から遠く離れた惑星で基地などを建設する場合、建材をなるべく現地で調達する必要があるが、低圧下での樹木の育成ができれば宇宙植林が行え、その木材を使って建設ができる可能性があるのだという。
住友林業、宇宙の知見を地球で活用
住友林業は同プロジェクトで、木材の提供と宇宙材料木材の社会実装などを担当。筑波研究所の根本孝明グループマネージャーは、「今回の研究を通じて、その成果を社会課題の解決のために活用したい」と、今後の方向性を語る。人工衛星の開発を通して得られた知見から、木材の劣化抑制技術や、高耐久などの高機能木質建材の開発、木材の新たな活用につなげる考えだ。
例えば、地球に降り注ぐ宇宙放射線は、大気と反応して中性子を生成し、電子機器の半導体デバイスに衝突することでソフトエラーを引き起こすことが知られている。ソフトエラーを防ぐためには宇宙放射線を遮ることが有効となるが、宇宙放射線の重さ当たりの遮へい率はアルミニウムよりも木材の方が高く、ソフトエラーの発生率も木材の方が抑えられることを確認している。そこでサーバを設置するデータセンターの建物を木造化することにより、ソフトエラーを回避できるのではないかと、同社は考えている。
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