はじめまして、私は建築士の水沼均と申します。この新しい連載「あつまれ!設計士のたまごたち」を担当させていただくことになりました。
この連載は、住宅産業や工務店などで住宅の設計を担当する方たちが対象です。特に入社して1、2年程度経った、ビギナー以上中堅未満の若い設計者たちを想定して書いています。
「実務には少し慣れてきたけれど・・・」という人たちのために、より豊かですてきな住まいを作るさまざまな考え方や方法を紹介していければと思います。
こんな悩みをお持ちではないですか
さて、住宅設計の仕事に携わるみなさんは、こんなことを考えたり悩んだりしていませんか。
住宅の設計をやってみたくて住宅産業や工務店の住宅設計部門に勤め始めて1,2年。仕事の流れはだいぶわかってきたし、建築法規や図面の描き方などはだいぶわかってきた。
けれどもいつも仕事は法規と工事費と工期とのにらめっこばかり。本当は住み手が喜んでくれて、楽しく暮らせるようなすてきな住まい作りをもっと考えたい。できれば自分の個性やセンスだって発揮したい。
でも限られた工事費、工期の中ですてきな住まいなんて作れるのだろうか。土地だって決して広くない。クライアントの希望する部屋数を詰め込むだけで精いっぱい。車だって停めなきゃならないし。
そもそも、すてきな住まいづくりと実務って両立なんかできるんだろうか。第一「すてきな住まい」っていったいどうやって作ったらいいの? いったいどんな住まいを作ったらクライアントは喜んでくれるの?
あるいはこんなことはないですか。
設計実務は難しいことばかり。覚えなければならないことばかりだけれど、いったい何から順に覚え、何をもっとも大切にしなければならないかもまだよくわからない。上司や先輩に尋ねようにも、みんな忙しいし尋ねづらい。せめてこれだけは注意しておけ、みたいな「虎の巻」みたいなものがあってくれたら。
また、こんなこともあるかもしれません。
もし1人で一から住宅の設計をすることになったら、果たして良い住宅を設計することなんてできるだろうか。
住宅を設計するときに、こんなことを工夫すると良いものが作れるとか、こんな手順で作業すると良いとか、日ごろこんなことを意識すると役に立つとか、そういった「コツ」「裏ワザ」みたいなものがあってくれたら。
このように、とかく実務で忙しい毎日に追われていると、豊かで魅力ある住宅を設計するための大切なことがらはなかなか見えてきづらいものです。
専業教師だからこそ語れることがある
ところで、私の経歴は少し変わっています。設計を教える教師としてのキャリアが長い。そして近代建築史の“オタク”でもある。
もともと私は住宅設計分野の出身です。1984年に東京理科大学の大学院修士課程を修了後、設計事務所で戸建て住宅の設計実務を経験しました。故・渡辺明氏や設計組織アモルフの竹山聖氏(京都大学名誉教授)のもとで設計道の研鑽を重ねてきました。
が、このまま設計畑まっしぐらかと思いきや、恩師鈴木信宏教授が声をかけてくださり、大学に戻って研究助手を務めました。どうもこのあたりから私の教師人生が始まったようで、なぜか私はもともと教えることが大好きだったのです。
助手を辞してまず始めたのは、なんと自分で設計学校を作ることでした。1992年、33才のときに東京の中野にアパートを借り、わずかな人数の学生を相手に小さな学校を始めました。今日のデザインファーム建築設計スタジオです。以来設計と教職が逆転し、今では教える仕事がすっかりメインになりました。
住宅の設計は何よりも楽しい!
さて、私がいちばんお伝えしたいことを真っ先に言います。それはズバリ、住宅の設計は何よりも楽しくて魅力的な仕事だということです。
商業建築や公共建築など建築にはさまざまな用途がありますが、他用途にはない住宅ならではの楽しさ、素晴らしさはたくさんあるのです。
連載第1回目の今回は、こんな楽しさ、あんな楽しさを少し紹介してみます。
住宅の設計はすごく楽しい。そりゃ大変なこと難しいことはたくさんあるが、やめられないほど楽しい。なぜか?
建築の用途はさまざまだけれども、百点満点の出来が期待できるのは住宅だけだから。だから住宅設計は楽しい。
他の用途の建築は主に不特定多数の人々のためのものですが、住宅だけは違います。利用者、つまり住み手が特定の人たちなのです。もしも住み手がとても喜んで長く幸せに暮らしてくれたら、その住宅は百点なのです。これは設計者にとって大変なやりがい、達成感になるでしょう。他用途の建築ではなかなか期待できないことです。
また、住宅はもっとも身近な建築です。みなさんの誰もが住宅に住んでいる。戸建てでも集合住宅でも寮でも、それらはみんな住まいの建築なのです。
つまり、作り手自身であるみなさんもまた、住宅での生活体験を必ず持っている。住宅設計を始めて間もない人だって、今日まで暮らしてきた生活体験は十分ベテラン物なのです。
設計にあたって自らの生活体験を、どんどん住み手と共有しながら進めていくことができる。これもまた他用途と異なる部分です。
だからとりわけ住宅設計は楽しい。自分だったらどう暮らすかなと、いつも考えながら働けるから。
こんなキッチンだったら片付けが寂しくなくて良いだろうなとか、食事中に青空が見えて鳥の鳴き声が聞こえたら癒やされるだろうなとか、たくさん思いを馳せて設計に反映させることができます。設計のスタート地点からどんどん感情移入ができる楽しさがそこにはあるのです。こんな楽しい仕事は住宅設計以外にはあまりないでしょう。
MUSTだけでなくWANTが大切
とは言え、実際の設計実務は現実の制約だらけ。工費を節約しなければならない、工期を短くしなければならないなどの「MUST」でがんじがらめになりがちです。
けれどもそんな中だからこと、ぜひこう暮らしてほしいという「WANT」の気持ちを持ち続けよう。WANTの気持ちこそが住宅設計の楽しさを無限に産み出す母胎なのだから。
若くてまだまだ経験の必要なあなたにだって、立派な生活体験がある。そして住み手が喜んでくれればあなたの挙げた成果は百点満点がつくかもしれないのです。
あなただからこそ作れる豊かな住まいを信じ続けよう。少しずつでもよいから、豊かな住まいのためのWANTを持ち続けよう。
そんな有用なWANTも、はじめはあなたの心の中だけにいます。だから仕事中にWANTしていても誰にもバレない。満員電車の中でだってお風呂に入りながらだって、いつでもWANTはできるのです。
だから住宅設計はやめられないほど楽しいのです。
次回からは、住宅設計が「どう」楽しいのか、いろいろな視点から具体的にどんどん書いていきたいと思います。工務店の将来を担う若い人たちに、少しでも希望をあたえることができれば、何より幸いです。
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