全館再開に向け復旧工事に着手
能登半島地震で被災した「金沢21世紀美術館」が全館再開に向け、4月から本格的な復旧工事を開始する。同美術館では今回の震災で、展示室の天井部分に設置された採光ガラスの一部が落下。1月中に破損したガラスを取り除いたが、来場者の安全確保のため、合計約800枚に及ぶすべての天井ガラスを撤去する方針を固めた。展示物に淡い自然光を届ける「光の天井」として設計されたものだったが、苦渋の選択を迫られた。
金沢市文化政策課の担当者によると、このほど開いた議会で復旧工事のための予算が確保できたため、工事業者とのスケジュール調整に入ったところだという。23年度の補正予算として、ガラス天井撤去工事費なども含めた「災害関連公共施設補修費」1億70万円を計上している。工事期間は6月までの2カ月間を予定。ガラスの撤去作業は、同美術館を施工した竹中工務店と地元の設備業者らが担当する。
「透明性=出会い」などコンセプトに
「金沢21世紀美術館」は、SANAAの妹島和世さんと西沢立衛さんが設計し、2004年10月に完成。施工は竹中・ハザマ・豊蔵・岡・本陣・日本海JVが担当した。美術館は芝生の広場の中央に立地。美術館敷地内にあらゆる方向から人々が訪れることができるよう、直径約113mの円形ガラス張りの建物内に14の展示室を配置した。ガラスの外壁には、透過性の高いガラスを採用し、内部へ自然光と景色が取り込まれる構造となっている。コンセプトとして、「透明性=出会いと開放感の演出」などを挙げ、外壁や建物内の壁面の多くにガラスを採用することで「透明であること、明るいこと、開放的であること」を求めたとしている。
展示室の天井には、1500×1500ミリ角、厚さ6ミリと10ミリの合わせガラス(高透過合わせガラス+セラミックプリント)をDPG構法により設置。日中は外光を、夜間には天井内にある人工光を取り込む仕組みとなっていた。ガラスを製作したAGCの資料によると、同構法に用いた金物は、吊り下げレール構造からガラス面までの距離を稼ぐために特注したものであるとの記録が残されている。
▽金沢21世紀美術館のライブカメラ映像▽
1月1日16時10分に発生した能登半島地震で、金沢市は震度5強を観測。美術館では2日以降、臨時休館をして点検を行い、2~3カ所の展示室内で天井ガラスの落下やズレ、ヒビなどを確認した。他に、「交流ゾーン」の通路に天井パネルのズレ、シアターで可動席のキャスターの破損なども見られた。構造については、目視による確認や構造関係の設計士による耐震性チェックを行ったが、特に異常はなかった。
天井ガラス約800枚のうち、落下して破損したもの、ヒビが入っていたものなど約70枚は1月中にすべて除去。残りの約730枚については、4月以降に撤去作業に入る。撤去作業と並行して、吊り下げ金具に破損がないかチェックを行い、落下の危険性のあるものについては補強を行う。
展示室は当面、天井ガラスを外したまま使用するため、照明や金具がむき出しの状態となる。展示物の印象にも多少影響は出るが、「市長の判断により、安全性を確保した上で、まずは再開することを優先した」と市の担当者は話す。その背景には、風評被害による観光客離れへの危惧があった。実際に若者を中心に、SNSなどで金沢への観光を敬遠する声があがっていたという。さらに地元では2月に入っても開業できない店舗があり、経済的な疲弊も見られた。
他の市内観光施設は順次再開
そこで市では3月に入り、地震後の観光名所の現状を伝える観光案内を作成。立入禁止の区域と観光可能な区域を明確に示すことで、被災後の今でも見どころのある観光地であることをアピールしている。
人気の観光スポットのうち、兼六園では一部入場不可エリアはあるものの、観光に支障がないとして1月5日から営業を再開。近江町市場やひがし茶屋町、長町武家屋敷跡、忍者寺(妙立寺)にも目立った被害はなく、通常通りに開館している。金沢城は石垣の崩れなどで一部入場できない場所があるが観光は可能。泉鏡花記念館はしばらく休館していたが2月22日に開館した。鈴木大拙館も改修工事を終え、3月16日からリニューアルオープンしている。
一方、金沢21世紀美術館では2月6日から、安全確認が終了した交流ゾーン(展示室の外周)で観光客の受け入れを開始。10月から展示室で開催していたデジタルアート展「DXP 次のインターフェースへ」も、交流ゾーンに場所を移して展示を再開した。市民ギャラリー、キッズスタジオ、茶室、レクチャーホール、カフェなどもオープンしている。展示室を含めた全館の再開は6月21日を予定している。
市では24年度予算として、「新金沢21世紀美術館魅力向上整備事業費」3370万円を計上。屋外敷地の維持管理のための現況調査や、快適な鑑賞環境を確保するための大規模修繕などを実施する。県内・市内を見渡せば、被災者の住宅の確保、インフラの復旧など取り組むべき課題は山積している。その状況の中、北陸最大の観光地・金沢の賑わいを取り戻すための試みは、着実に進みつつある。
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