LIXIL(東京都品川区)がこのほど開催したオンラインセミナーで、大橋利紀建築設計室/livearth(リヴアース、岐阜県養老町)社長の大橋さんが、住宅設計における風と光の扱い方や、心地良さを見える化するという視点で、窓に注目した講演を行った。その内容を全8回の連載にして紹介してきたが、今回は特別対談編として、同セミナーで合わせて行われた新建ハウジング発行人・三浦祐成との対談の模様をお届けする。
リヴアースのバックデータ
三浦:大橋さんのこれまでの活躍からついたあだ名は「Mr.パーフェクト」、それから「岐阜の哲学者」。今回のお話からその雰囲気を感じ取った方も多いと思います。
実例に移る前に、リヴアースさんや大橋さんの基本的なことを一問一答的にお聞きします。まず、社員数は?
大橋:時短社員も含めると20人弱です。
三浦:新築は年間何棟くらいやられていますか?
大橋:新築とリノベーション合わせて年間16棟までとしています。年によって新築とリノベの割合は変わりますが、新築の方が多いですね。
三浦:基本設計や数々のシミュレーションは大橋さんお1人で?
大橋:基本設計はいまは私1人ですが、スタッフが育ってくればこうした役割を担ってほしいと考えています。シミュレーションは部分的にできるスタッフもいますが、総合的にできるのは私1人です。
三浦:経営もしながらで時間がないと思いますが、1日何時間寝ているんですか?
大橋:大丈夫です。数をたくさんやっていると速度がだんだん上がってきまして、人の3〜4倍のスピードでできるようになりますから。
三浦:1棟単価や顧客層をざっくりとでいいので教えてください。
大橋:当社では必ず庭や家具を含めてご提案するのですが、庭・家具込みの新築で3000万〜1億円越え、中央値をとると税込4000万円くらいです。お客様は共働きの方が多く、どちらかと言うと社会への感度が高く、暮らしに対する価値軸をしっかりと持った方が多いです。
現地と鳥瞰で風景を読む
三浦:こうしたバックデータをお聞きした上で、スライドを見ながら大橋さんの設計の作法についてお聞きします。
先ほどすごく痺れることをおっしゃっていました。「風景」という言葉を分解すると、光と風、景色になる、と。
これを踏まえて「風景のよくないところに窓はつくらない」「風景のよくない場合は自分のところでつくる」「窓から見える風景は、少し遠くが見える程度よりも心動かす風景としたい」といったリヴアースさのルールを振り返ると、理解が深まります。
三浦:設計の作法で言うと、設計する前に現地にまず行かれるんですか?
大橋:土地が決まっている場合は必ず現地を見ます。
ただ、いまはGoogleマップという素晴らしいツールがありますので、鳥瞰的に敷地を把握しながら、現地では見ることができない2階からの目線、風景がどのように広がっているかを含め確認します。
鳥瞰すると風がどこから吹いてどこに抜けていきそうかが読み取れるので、現地と鳥瞰の両方が必要だと思っています。
三浦:その時にここからの風景が一番いいとか、ここから風が抜ける、光が入る、風景が切り取れるというイメージをある程度固めてしまう?
大橋:そうですね。最初の頃は何時間、何日も考えての作業だったのですが、かなり数をやると、瞬時にこの敷地にはこれが最適だという答えがわかるんです。訓練すればできるようになると思います。
なんとなく配置する窓は1つもない
三浦:窓の捉え方も面白くて、紹介していただいた「夕暮れの家」では、景色をとる窓、光をとる窓、風を抜く窓と窓ごとに役割を与えていたのが印象的でした。窓の位置だけでなく、窓の役割や種類も最初の現地調査と鳥瞰での敷地の把握でだいたい決まってくるということですか?
大橋:はい。逆に言うと、無目的に、なんとなく窓を配置するなんてことは絶対にないんです。
ただ、世の中の住宅事例を見ていると、南を向いているから掃き出しの窓をつけるとか、西と東は真ん中に腰窓をつけるとか、形骸的になっていることが多いですよね。
すると、窓から見えるのがお隣の壁だったり、自分の家の車であったり、見なくてもいい景色を見ることになってしまう。
そこに窓があれば光は入ってくるし、窓を開ければ風は入っているので、窓としての役割を果たしているとも言えますが、最良の配置ではないことが多いのではないでしょうか。
いい風景がなければ自分でつくる
三浦:「窓上手」になるためには、もちろん光や風は大事なんだけど、まずは何が見えるか、景色に注目する。窓をむやみにつけ過ぎないということも含めて深く考える必要がありますね。
それから、大橋さんのルールの1つである「風景のよくない場合は自分のところでつくる」というのも面白いですね。 これはざっくり言えば素敵な庭をつくるということだと思うんですが、もう少し詳しく教えてください。
大橋:この「前庭奥庭の家」(写真・上)の立地は、ちょうど窓がある方角が南なんですが、隣家が平屋で、距離が近いんです。
たまたまこの位置だけ隣家の高さが低くなっていて視線が抜ける場所があったので、その抜けと庭とを重ねて設計しました。
ただし隣家のほうが地盤面が低く、庭としてそのまま開くと見たくない景色、この場合は隣家の屋根が入ってきてしまうため、ウッドフェンスを背景として隣家をほどよく目隠しし、手前に植栽、さらにその手前に深い庇がかかるデッキ空間とし、室内と庭を繋げ、最終的に空と室内が繋がるような構成にしました。
仮に隣家がもっと迫っていたり、隣家に高さがある場合はウッドフェンスを高くするというやり方があると思います。
三浦:大橋さんが「庭がない家はつくらない」と決めているのは、何が見えるかという部分に大きく作用するし、お客様の暮らしの満足度にも大きく関わってくるでしょうね。
この「前庭奥庭の家」は私も見せていただいたことがあるのですが、難易度の高い敷地で、こちらの都合では変えられないお隣の景色をどう処理するか、設計者の腕の見せ所でした。
それから「窓から見える風景は少し遠くが見える程度よりも心動かす風景としたい」という哲学的に聞こえるルールもあります。
大橋:ちょっと遠くが見えると気持ちがいいという感覚はみなさんあると思うんです。
それだけじゃなくて、心が動く風景があるほうがいい。それをすべての住まいで実現したいと思っています。心が動く風景に大きく貢献するのが植栽であり、陰なんですよね。
三浦:景色ってどうしても遠くを見渡すものと思いがちだけど、その手前にもっと見るべきもの、心地よさを感じるものをつくり込むことができるということですね。
大橋:絶景が見渡せる立地ならそれを存分に取得できるような建物・窓の配置を考えればいいのですが、そんな立地はなかなかないので、こちら側でつくってあげるといいんじゃないかなと思います。
陰翳礼讃の美学
三浦:先ほどの、心が動く風景の1つが陰だという話。大橋さんはスライドで、僕も大好きな谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』を挙げてくださっています。
外側に光の庭があって、その光が障子を通してうっすら入ってきつつ、額縁のように切り取った障子窓から庭が見え、その風景が見える室内側は暗い。それを1枚の写真で表現した『陰翳礼讃』の表紙と、リヴアースさんの「朝月の家」には重なるものを感じます。『陰翳礼讃』にもある日本的な感覚や美学を大橋さんなりに解釈して建築に落とし込もうとされているわけですよね。
大橋:西洋のものの見方は個と神の二元的、自然界の捉え方も光と影の二元的です。これに対し日本は多元的な感覚、美学があります。八百万の神に対して私たちがいる。光と影も階調、スペクトルで解釈します。
西洋がすべての物事を言語化するのに対して、日本は言外暗示(察する力)や曖昧さを重んじる。この辺りも光と影の捉え方が大きく違う所以だと思います。
三浦:あえて雑に言うと、西洋の家は明るいか暗いかのどちらかだけど、日本の家は陰影のグラデーションがあって、明るさと暗さの“間”が複層的に存在する、ということですよね。
日射遮蔽と陰影を重ねると1つ上の次元へ
三浦:日本的な陰影の捉え方を窓に落とし込むとどうなるのか。僕たちは「日射遮蔽」と聞くと、単純に住宅の性能、夏の快適性に関わることだと思ってしまうんですけど、実は陰影を表現する手段と考えることもできる。
大橋:その通りです。当社の場合、陰影表現はかなり優先度の高い検討項目なので念入りに考えます。
日射遮蔽の方法は様々で、日差しを防ぐだけでも価値はあるのですが、そこに陰影表現を重ねるとより価値が上がり、設計を“次の次元”へと導いてくれます。光の対としての陰ではなく、陰にも種類、階調(グラデーション)がある。僕は、陰の階調がある空間に奥深さと魅力を感じますし、そこには心を震わせる価値があると思っています。
三浦:日差しを防ぐというより、陰をいかに表現するかがポイントになってくるわけですね。
大橋:この写真の「風色の家」の場合、光の入ってくる大開口の周りの壁が一番暗さを感じ、Rの天井が光と影を連続的に変化させ、そこから反射する柔らかい光が空間全体に陰の階調をつくりながら奥へと広がっていきます。
ここは好みですが、明るさを重視するなら天井まで窓を広げ、陰のグラデーションを重視するならこのくらいの高さの窓がちょうどいいように思います。ただ、お施主さんの好みの明るさを共有しておかないと、暗すぎるということになるので注意が必要です。
三浦:お施主さんとの光の好みの共有はどのようにやっているんですか?
大橋:言葉や写真だと共有できることは一部なので、空間体験あるのみです。
ただし、体験しても共有できない部分、伝わらない部分はどうしても残るので、言語化して、なぜここがこの明るさ/暗さなのか、感覚と言語をつないであげると共通理解が深まります。
照明も同じで、照度の数値を説明してもわかりませんので、「夜の見学会」で空間体験をしてもらって、作業面の明るさはこのくらい、全体の雰囲気はこんな感じ、と共有します。
ライカで「陰影の階調」を意識する
三浦:これまで紹介していただいた写真はどれも素晴らしいのですが、すべて大橋さんがご自身で撮影しているんですよね。最近はどのカメラを使っていますか?
大橋:ライカです。写真撮影って設計力向上の訓練になると思うんです。
単なる記録写真ならiPhoneがめちゃくちゃ優れていて、AI搭載だから光も陰も均一に撮ってくれます。じゃあなぜちゃんとしたカメラで撮るのかと言えば、光と陰の階調を意識したいから。意識せず、なんとなく光と陰の濃淡を撮影することってできないんです。これは設計における光と陰の表現とも重なる部分です。かなり背伸びをしましたけど、陰の階調を表現したいからライカを選びました。
三浦:意図した設計で意図した陰のグラデーションを実現できているか?を確認する意味でもカメラで撮る写真が大事だと。その発想はなかったです。
風景を切り取る窓と居場所を重ねる
三浦:「陰影の階調」を味わう場として、「窓辺」と「居場所」を重ねるとおっしゃっていますね。
大橋:窓で風景を切り取るとそこが居場所になり、窓辺と居場所を重ねると陰影の階調ができる。それを毎回やり続けるとそこにリヴアースならリヴアースの「物語」が生まれ、それがやがて「ブランド」になると考えています。
三浦:僕も窓辺は大好きですが、快適に過ごすには性能が大事だし、そのための設計力も求められます。一方で、窓辺を居場所として捉える余地はまだありそうですね。
大橋さんの設計する住まいは、窓辺に段差をつけて腰掛けられるようにしてあるのも多いように感じますが、居場所と窓辺をどういう意図で設計されていますか?
大橋:住宅の中にたくさん居場所があったほうがいいと思っています。過ごし方が固定された居場所というよりも、色々な魅力があって色々なことがやりたくなるような、少しずつ質の違う空間をつくりたいと考えています。
そうした居場所と、いい風景を切り取る窓は重なることが多いので、風景がよりいい立地の方が居場所の選択肢は増えます。ただし条件が限られた立地でも、魅力的な居場所をいくつかつくることはできます。
《次号 大橋×三浦特別対談・大橋流「窓の設計作法」》
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