新建ハウジングは昨年8月3日、夏の特別講演として、20世紀を代表する建築家の「北欧アルヴァ・アールトに学ぶこと」と題したオンラインセミナーを開催した。ヘルシンキ工科大学(現アアルト大学)への留学の経験を経てアアルトの建築を実体感し、そのあり方を“自身の究極の目標”とする建築家・関本竜太さん(リオタデザイン主宰)を講師に迎え、いま改めて日本の建築のつくり手が同氏から学ぶべき「住まい」の哲学とかたちに迫った。
同セミナーの後半では、建築家の飯塚豊さん(アイプラスアイ代表)が「聞き手」として、視聴者からの質問を交えながら、関本さんにアアルトの建築的魅力や思想、美学などを聞いた。その模様を全文書き起こしで公開する。
飯塚 視聴者からの質問です。アアルトの常識外れなところは、海外の気候・環境下だからできるというものが大半なのでしょうか。
関本 いえ、私は逆で、日本だったらできる気がします。日本は気候的なハンデが少ないですから。歴史的な文脈が断ち切られたものに対しても寛容な国民性ですので冒険しやすいです。けれども北欧はマイナス何十度という厳しい気候の中で、あの常識外れのディテールをやっていくのは大変です。あの環境下で攻めの姿勢を忘れず、さらにシンプルにできているところが面白いです。
飯塚 アアルトではない北欧建築家は、そこまで細かく凝らないものなのでしょうか。
関本 おしなべて大味な建築が多いと思います。フィンランドの建築家の特徴として、塊で作るところがあってエレメントでは作りません。分かりやすくワンテーマ、ワンフレーズで言い切れるような空間も多いです。ネタで言うと“出落ち”みたいな…(笑)。一方、アアルトの場合はヒダがたくさんあって、空間のコンセプトは一言では言えません。
失敗を恐れないところが共感できる
飯塚 だから説明しにくいのですね。次の質問です。関本さんが一番好きなアアルトの建築は何ですか。
関本 まず一つはマイレア邸ですが、パイミオのサナトリウムがとても好きです。アアルト史の面白さは年代ごとに変遷するところです。パイミオのサナトリウムは彼の30代の頃の作品で、貪欲な実験精神で向かっていた時代の作品にはとにかく勢いがあります。失敗を恐れないところに共感を覚えます。一方で、その6年後にマイレア邸のようなしっとりとした、とらわれから逃れて悟りを開いたかのようなものを出しています。その両極端な建築に惹かれます。
飯塚 アアルトの建築はランドステープが魅力的ですが、そのランドスケープの優れた事例を教えてください。
関本 アアルトのランクスケープと言われて、頭に浮かぶのはセイナヨキの役場とか図書館とか、あの一連の建築群です。1本の建築軸にアアルトの建築が連なっています。私が実際に見た中ではマイレア邸が優れています。木々の中を抜けるようにして見せていますし、家の中からも外の木々や森を重ねていくようなところにランドスケープ的な手法が備わっています。
飯塚 セイナヨキの建築群は地形が生かされているような印象があるのですが。
関本 実はフィンランドの地形は平坦です。湖水地方などへ行くと岩山がありますが、どこまで行ってもフラットな地形です。逆に言うと地形への憧れというか、起伏の憧れがあるような気がします。セイナヨキの村役場の敷地も平坦です。
飯塚 断面がおかしいと思っていました(笑)
関本 あれはでっち上げです(笑)。いかにもイタリアの丘陵地であるかのように見せかけています。あくまでも私の考えですが、アアルトはおそらく、建築をひな壇の上に築き上げていくと、ローマ建築やイタリア建築のように神々しい姿になるということをローマやイタリアの古典建築から学んでいて、それを自らの建築の中に再現したかったのだと思います。
飯塚 カレ邸や図書館などの室内にへこんだ表現が見られますが、室内にも地形を作りたかったのでしょうか。
関本 カレ邸はフランスですので実際に起伏がありますが。アアルト建築には意識的に、空間の中に起伏を作り出していくようなところはあると思います。
飯塚 今日、白夜と極夜の話をされていましたが、光のイメージが全くできません。白夜の時の光は強いのでしょうか。
関本 はい。それこそ夜が午後3時ぐらいから明け始めて、その後は夜11時ぐらいまでずっと明るいです。夜は2時間ぐらいしかありません。ヘルシンキあたりは薄暗くなってきたなと思ったら、すぐに朝になるといった感じです。冬の極夜は夜7時、8時になると、もう真夜中みたいな感じで、10時ぐらいになって夜が明けてきたかと思うと、2時ぐらいには夕方になります。極夜の時は人工照明で光を補います。
その代わりに、白夜になった時の「1分1秒、光を決して逃すまい」というフィンランドの人たちの執着はすごいです。日本の2月、3月ぐらいの寒さであったとしても、意地でもオープンカフェの席に陣取るみたいなところもあります(笑)。まるで光合成をしているかのようです。それほどまでに光に対する希求は強いです。
光の強さは日本の5月ぐらいです。日本でも気候がちょうど釣り合う、暑くもなく寒くもない時期がありますが、それがフィンランドのもう夏ですので、世界一過ごしやすい夏ではないかと思います。
日本では東から昇った太陽が南中して西に沈み、西日を防がなくてはならなくなりますが、フィンランドの白夜では、太陽が地平線上を真横に推移して、ふっと昇って真西よりも北の方に暮れていきます。そして夜7時ぐらいになると、ずっと水平に西日が当たっているような状態になります。
ですから向こうの写真家は、夜7時ぐらいから撮影を始めます。壁に向かって水平に光が当たるので、非常にきれいな写真が撮れます。西日を非常に好んで家に取り込むようなところがあるような気がします。
飯塚 そうなると、ハイサイドライトなども横からの光が効くということでしょうか。
関本 そうです。ハイサイドライトは垂直から来る光ではなく、水平から来る光を想定しています。それが拡散されて下にも落ちて来る。アアルトのハイサイドライトはアールを描いています。ロヴァニエミの図書館などもそうですが、あれは水平から光が来ることを前提にしているからです。
垂直に光が落ちてくると、下の閲覧室に直射日光が当たってしまいます。筒型の丸いトップライトも1メートルぐらいの高さがあります。フィンランドの光は角度がありますので、あの中で無数に拡散して、ぼやっと光を下に落としていくという、フィンランドならではのディテールです。同じことを南中高度の日本でやってもあのようにはなりません。気候と結びついた設計です。
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