中小企業庁は9月21日、日本経済新聞との共催で「取引適正化シンポジウム2023~弛(たゆ)まない価格交渉・価格転嫁に向けて~」をオンライン配信で開催。価格転嫁に悩む発注者や受注者に向けて、価格交渉の実例やノウハウなどを紹介した。
セッションでは、中小企業庁、公正取引委員会の担当者が価格転嫁の実現に向けた政府の取り組みについて紹介。基調講演では大江橋法律事務所の長澤哲也氏が、価格交渉・価格転嫁の最新動向を解説した。パネルディスカッションでは、日東物流(千葉県四街道市)の菅原拓也代表取締役が物流業界における価格交渉の進め方について紹介したほか、ゼロプラスの大場正樹社長が、中小企業が実践すべき価格交渉のノウハウを説明した。
冒頭のあいさつで経産省の石井拓政務官は「日本経済が成長するためには、約7割の雇用を支える中小企業の賃上げ実現が重要だ。その原資となるのが価格転嫁である。発注側企業と受注側企業は互いを支え合う大切なパートナーだ。取引の適正化を進めることで、サプライチェーン全体の成長発展のための良好な関係を築いてほしい」と述べている。
労務費の価格転嫁が課題
セッション1では、中小企業庁の鮫島大幸取引課長が、価格転嫁の実現に向けた政府の取り組みについて説明。主な取り組みとして、毎年9月と3月の「価格交渉促進月間」に、下請事業者に対するアンケート調査や下請Gメンによるヒアリング調査などのフォローアップ調査を実施している。このうち下請企業からの評価が低かった親事業者を実名で公開している。
最新の調査(3月)によると、「価格交渉できた」企業は全体の63.4%。コスト上昇分の価格転嫁ができた企業の割合は47.6%となっている。一方で、「全く価格転嫁できていない」もしくは「減額された」企業が23.5%あった。転嫁率を要素別に見ると、「原材料費」48.2%、「エネルギーコスト」35.0%、「労務費」37.4%となっている。鮫島氏は「過去数十年間、エネルギーコストや労務費に関する交渉をしてこなかったことが慣行となっている」と指摘。「発注者側の自発的な取引慣行の改善を促したい」と話した。
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セッション2では、公正取引委員会の亀井明紀企業取引課長が、優越的地位の濫用に関する緊急調査結果などを報告した。独占禁止法では、コストの上昇分の取引価格を協議することなく据え置くこと、取引の相手方が価格の引上げを求めた際に、価格転嫁をしない理由を回答せずに据え置くことを禁止している。
緊急調査では、受注者8万社に対して書面調査を実施。独禁法に触れる行為が認められた発注者4030社に対し、注意喚起(文書送付)を行った。建設関連では、総合工事業149社、建築材料・鉱物・金属材料卸売業131社、設備工事業103社、電気業38社などが該当した。亀井氏は「労務費については厳しい取引慣行が存在していると聞いている。今年は特に労務費の価格転嫁について重点的に取り組みたい」と述べている。
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基調講演では弁護士の長澤氏が、取引の適正化の必要性、合理的な価格交渉・価格転嫁について解説。値上げの理由が外部要因によるものであれば、受注者のみに負担させるのは不合理だとした。その一方で、受注者は価格転嫁の協議の際に、求める額とその根拠(エビデンス)について説明する責務がある。例えば、▽原材料のコストの動向▽通常の対価とのかい離状況▽差別的なものでないか―などの観点から、現時点の対価が不合理かどうかを判断すべきだとした。
“価格以外”の条件提案も有効
パネルディスカッションでは、日経新聞社の清水功哉氏がモデレーターを務め、鮫島、長澤、菅原、大場の4氏が、価格交渉・価格転嫁について持論を述べた。
この中で、菅原氏は物流企業の実状と自社が行った価格交渉について紹介。物流業界の平均営業利益率はマイナス0.9%と低く、「人件費」「燃料油脂費」「修繕費」などがコスト全体の6割以上を占めている。同社の経営方針として、従業員の健康増進や給与制度改革に力を入れていることから、「価格転嫁は不可欠」だとしている。
菅原氏は価格交渉を成功させるためのコツとして、根拠となるデータや事実をもとに適切な価格提示を行うことが重要だと説明。価格交渉がうまく進まない場合は額面だけにとらわれず、配送時間や距離の短縮など、価格以外の条件を提案することでコスト圧縮を図ることを勧めた。交渉価格については、「いきなり理想的な価格を提示するのではなく、妥協できる最低価格を段階的に用意すること」とアドバイス。そして、「自分たちの理論だけを押し付けるのではなく、取引先の経営状況も考慮することも大切だ」と話した。
コンサルタントの大場氏は、自著『インフレ時代を生き残る 下請け製造業のための劇的価格交渉術』の中から、価格交渉時のノウハウについて紹介。「インフレの時代に『安くやります』では、若い人を雇えなくなる」と語った。そして価格交渉時に「変動費スライド制」の了承を得ることを提案。「変動費スライド制」は市況によって変動する費用を、同じ割合で変動させて見積りを出す方法で、加工費などの金額は一定のままで原材料費のみを変動させ、原価が上がれば価格を上げ、下がれば価格を下げるという基本契約を結ぶことを勧めた。
価格交渉では、エビデンスを示すための提案資料が必要となるが、細かなデータまで出す必要はなく、値上がりした額が一目で分かるようなグラフがあれば十分だとした。「世の中が悪い、政府が最低賃金を上げたなど、あくまでも外部環境の変化のために値上げをしなければならないのだというスタンスが大事」と大場氏。さらに「変動費スライド制」を認めてもらえない、あるいは原価を割るような場合は、取引停止も辞さない姿勢が重要だと述べている。
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