新しい顧客体験(CX)を構築する際にカギとなるのが「内なる共感」だ。社員や関係者が経営ビジョンを共感し、体現することが顧客の共感を生み出す。このアプローチを「インナーブランディング」と呼び、ブランド構築において非常に重要なファクターとなる。デジタルトランスフォーメーション(DX)は、顧客の共感を呼び起こす手法として必要不可欠である。最終回では、DXの本質である顧客目線での業務の再構築に視点を当てる。
DXの本質
DXに関わる施策では、デジタイゼーション(アナログ情報・物理データのデジタルデータ化)とデジタライゼーション(個別の業務プロセスへのデジタル技術導入、活用による効率化)という段階(順序ではない)が必要である。
しかし、すでに多くの方が気づいている通り、DXの本質は「全体の」業務プロセスやビジネスモデル見直すことで「顧客にとっての価値」を生み出し、高めることである。この理解を前提にすれば、顧客体験をより良いものにするためのDXとは、自社が顧客と接するすべてのプロセスを顧客目線で見直すことから始まる(あるいは顧客目線での見直しそのもの)とも言える。
全体プロセスを見直す着眼点
業務を見直す観点は、顧客目線でというからには、たとえば顧客が使いやすいか、分かりやすいか、直しやすいかといったユーザービリティの観点で見直すことなどが頭に浮かぶ。では、その他にも見直す際の着目点はあるのか。たとえば、ECRSや3Sといった観点で現状を見直すことも挙げられる。
ECRSとは、業務改善を進める際の視点とその順番を示したもので、Eliminate(排除)、Combine(結合)、Rearrange(入替え)、Simplify(簡素化)を示している。
例えば、この連載の5回目で示した「逆品質(やりすぎることで不満を生む)」などはまさに「排除」対象の一番だ。
プロセスの排除の成果は、提供サービスの品質向上だけでなく、そもそもの納品物やワーク自体をなくすことで生産性も高まる。また顧客から見れば一度に済ませたいと感じる過程で、専門性を意図するあまりに担当者を分けている業務を結合(一人でできるようにする等)すれば、納期も短縮でき連絡ミスの防止にもつながる。同様に順番の入れ替えで手待ちを減らす、といった着眼点で自社と顧客の接点や機会を見直すことは、まさに顧客にとっての価値を高めるDXを考えることそのものだ。
また、内なる共感を高めたその先に社員や関係者が「いつでも・どこでも・誰でも」再現できるようにすることも企業として重要だ。その際に参考になる視点が3S(Standardization(単純化)・Simplification(標準化)・Specialization(専門化))だ。
Standardization(単純化)では、例えば個々の業務の絞り込みや業務支援としてデジタライゼーション(個別の業務プロセスへのデジタル技術導入、活用による効率化)の出番だ。やることが絞り込まれること、単純化することで「いつでも・どこでも・誰でも」の実現につながる。
Simplification(標準化)は冗長性(余分があるという意味ではなく、二重性を持たせることで余力を持つという意味)とも言える。特に主たる担当者が不在でも顧客の問い合わせに応えられるなど、「誰でも」を強化する意味で手順や基準を揃える、業務情報がデジタルで集約されていることが有効だ。一方で、単純化や標準化と相反するようだが、Specialization(専門化)として担当を分けることが効率的であるということもある。仕事・顧客・商品ごとに分けることで全体効率が高まる場合もある。3Sの「組み合わせ」を意識することもより良い顧客体験を生み出す際には必要だ。
新CX論。まとめ
この連載の1回目に「事業者や生活者を取り巻く急激な環境変化は、住宅事業者にその持続可能性を高めるための新たな取り組みを求めている。その一つが「CX(の向上)」だと考える」と書いた。
環境変化を敏感に、そして適切に捉え、顧客の期待を正しく理解し、自社が生み出す付加価値の源泉となるサービス品質を明確にし、高品質なサービス提供の再現性を高めるプロセスをデザインし、それをブランドとして構築、定着していく。これらの取り組みを通じて、より良い顧客体験を創造し、自社の経営の持続性を高めるというのがこの連載でお伝えしてきたことだ。一連の話題が、読者企業の今後の取り組みのヒントや気づきとなっていれば幸いである。
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