安全な家づくりアドバイザー・満元貴治さんが、作業療法士の視点から住宅のあり方・つくり方を考える「作業療法士の家づくり論」。第5回は「持続性」のお話です。持続することの大切さを、医療従事者の視点から、社会情勢も踏まえて解説します。
安全持続性能に、なぜ「持続」というワードを入れているのか。今回はそこからお話を始めましょう。
時間の経過とともに、例えば子どもが生まれる、とか、大人になって家を離れ夫婦2人だけの暮らしになる、など、家族構成やライフスタイルが大きく「変化」することは、住宅に関わる皆様はよくご承知のことと思います。
《注目記事》加齢による“体の変化”を理解し、住まい手の安全を守ろう
私自身、7年前に自宅を新築した際は夫婦2人だけでしたが、その後、子どもが3人誕生して暮らしも大きく変わったので、ひとりの生活者としても想定以上に暮らしが変化しうることはよくわかります。
ただ、医療従事者としてはこうした変化に加えて、これまでもお伝えしてきたように身体も時間の経過によって変化するもののひとつだ、とお伝えしたかったのです。
今は安全に暮らせる家だとしても、歳を重ねて体の状況が変わったとき、果たして同レベルの安全が確保できるのでしょうか。数十年後、体がどんな状況にあっても暮らしやすい環境が「持続する」ことが大事なのではないでしょうか。
「ロングライフ」だけで住み続けられますか
最近は建物の長寿命・ロングライフ化が進んでいますが、果たして暮らしの側面からもロングライフなものになっているか、と考えると、どうもそうではない住宅が多いように思えます。建物が100年以上持続しても、その間に起こるだろう暮らしや体の変化を考慮して間取りをつくらないと、真に持続可能なロングライフ住宅は実現できません。
しかし、目の前のお客様だけを考えてしまい、数十年後、そのお客様がどうなっているか、そこまで考えが至る実務者は、残念ながらまだ少数派のようです。
何世代にも渡って使える建物をつくることには熱心でも、間取りは「お客様の希望」を優先して、つくり手として提案することを尻込みしてしまう…私は今の住宅業界に、そんな印象を抱いています。
2018年の調査ですが、高齢者の50%以上が、戸建て住宅に30年間居住しているそうです。
35年ローンを組んで家を建てる人も多いのですから、確かに30年以上同じ家に住み続けることになるでしょう。その間に施主の体や暮らしに起こりうる変化を考えておく必要があります。
“終の棲家”をみんな求めている
「エイジング・イン・プレイス(Aging in Place)」という概念があります。住み慣れた自宅で、できる限り長く、自立して安全な暮らしを送る、という意味です。
日本では、40歳以上の人の7割が、自宅に長く住み続けたいと考えているそうですが、アメリカでは、50~80歳の88%が「自宅で長く暮らしたい」と答えています。世界的に見ても、一定の年齢になると今の住まいを“終の棲家”にしたいと考える人が大変多いのです。
しかし、今の家がそもそもそのまま住み続けられる環境になっているか、というとそうではないようです。
アメリカの場合、自宅で長く暮らしたいと考える人のうち、現実問題として今の家に住み続けられると考えているのは34%に過ぎません。今の家では不安だ、と感じる人が圧倒的多数で、転居する割合も高いようです。
“終の棲家”をみんな求めている
ただ、住みやすい家に引っ越したり、施設に入ったりすればいいわけでもありません。
高齢になり認知機能が低下すると、環境の変化に不安やストレスを感じやすくなります(認知症患者の場合はそのストレスで周辺症状が悪化することも)。
高齢のお客様に、大規模なリフォームを提案したら嫌がられたことはありませんか?これは変化に伴うストレスを避けたいので、何十年も住んでいる家を変えたくない、という心理状況が働いているケースが多いです。
作業療法士として、退院時の家屋調査や改修の提案にも多数関わってきましたが、改修に拒否反応を示す患者は確かに存在します。
彼らは「ここで暮らしていたのだから大丈夫」と口を揃えて言いますが、実は入院の原因がその家で転倒したことであったりするのです。事故が起こっていれば、その陰には無数のインシデントもあったはず。医療従事者としては当然、改修でリスクを取り除く必要がある、と考えます。
しかし、患者本人にしてみれば、プライドもありますし、家に対する思い入れだってあるでしょう。そんな中で「大丈夫」という思い込みを解消することは非常に困難です。
家が新築時から安全な環境になっていれば、大きく改修しなくても、何の苦もなく自宅に戻れるはず。問題が起きてから改修すればいい、という考えは、実はかなりハードルが高いのです。
家づくりは人生のさらなるロングライフ化を前提に
これからますます高齢化が進みます。
1980年生まれの人が90歳を迎える割合は、男性で9.4%、女性は21.2%と予測されていますが、2020年生まれになると男性の28.1%、女性の52.6%が90歳を迎えると言われています。
人生もこれだけロングライフになっていくのですから、持続性の観点はいっそう重要になっていきます。
自宅が住みにくいから施設に移る、では解決しないこともあります。先ほども述べたように、歳を重ねてからの環境の大きな変化は負担も大きくなりますし、リアルな話をすれば物価や光熱費の高騰によって施設の入居費も上昇し、もしかしたら相当の経済的な余裕が必要になるかもしれません。
視点を変えると、若い世代も社会情勢や価値観の変化により、ライフスタイルが変化しています。
これまでの日本社会では、結婚して新たに住まいを構えるのが半ば常識になっていましたが、今では結婚しても親と同居する人も増えつつありますし、もっと増えるかもしれません。親も子も、同じ家のなかで同じように歳を取り、暮らしや体が変化していくはずです。
つくり手が、相手(お客様)の暮らしや体がこれからどうなっていくのか、相手の目線で考えて、住みたいところに住み続けられるような環境を設定しなければ、社会的な持続性は決して生まれないでしょう。
歳を取っても、住まい手の世代が変わっても住み続けられる家ならば、当然メンテナンスやリフォームの需要も生まれやすくなり、つくり手の皆様が得る利益も増えます。持続性こそ三方よしなのです。
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