今回は、ドイツとスイスに国境を接しているオーストリア・ブレゲンツの森地域の話をしたい。過去30年あまりの間に、この地域の建築家や大工、建具職人たちによって創造されたモダンな木造建築郡は、「木造建築の芸術」として世界的にも有名で、世界中からたくさんの人々が訪れている。日本からの建築関係の訪問客も多く、有名な建築物のレポートもある。
本稿では、日本にこれまであまり紹介されていない、その背景にある歴史・風土を紹介する。
ボーデン湖の南、高くそびえるアルプスの山々、その谷間に広がる森と牧草地、農村が織りなす美しい景観は、雄大で美しい。アルプスの生乳チーズの生産でも有名な場所である。ドイツの「黒い森」中南部の自宅から車で2時間半の近い隣国であることもあり、私は仕事でもプライベートでも何度も訪れているが、訪れるたびに、より美しく、活気が増し、豊かに進化している印象を受ける。
23の小さな村々からなる人口約3万人の小さな地域。約50年前は、若者の流出、空き家の増加、過疎化の傾向があったが、農林業、手工業、観光業、行政、市民と、地域のさまざまなステークホルダーが一緒になって地域をつくってきた。近年は人口が緩やかに上昇傾向にある。
地域の有能で革新的な木造建築の芸術家たちによって、景観と既存の古建築に調和したモダンな木造民家が建てられた。ホテルやレストランなどのサービス業の建物、役場や公民館、博物館といった公共施設もそれに倣った。同時に公共交通、郵便局、スーパーといった基本的な生活インフラの整備とエネルギー自給の取り組みも行われた。
地域の重要な資源である木材は、複層の択伐林の伝統がある協同組合林(財産区のようなもの)や自治体有林などから、持続的に供給されている。それが地域で製材され、大工や建具職人が使用する。農家は急斜面の牧草地を牛や山羊の放牧と、手押しの草刈り機で維持管理しながら、香ばしい生乳チーズを生産し、地域のホテル・レストランやスーパーに販売する。
雄大な自然と人間の生活が織りなす芸術的な文化景観と素朴で美味しい食事、頑固で保守的だけど、気さくでオープンな人々に魅了されて、多くの観光客も訪れている。隣接するスイスや南ドイツからのリピーターも多いという。
自立心と協働の 精神が強い地域
自立心と協働の精神が強い地域であるが、歴史的な背景がある・・・
この記事は新建ハウジング8月30日号8面(2023年8月30日発行)に掲載しています。
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