明治時代から続く材木店・成島商店から独立する形で、住まい工房ナルシマ(茨城県取手市)が誕生したのは1992年。今年4月に事業を承継したばかりの新社長・成島大敬さんは、同社とともに育ち、迷ったりもしながら、家づくりを自身の一生の仕事に選んだ。30年間の蓄積を大事にしつつ、地域に根付いた工務店が果たすべき役割を再構築すべく、日々奮闘している。
成島商店創業から数えると5代目に当たる成島さんは1991年生まれ。幼少期は「工務店の仕事はまだよくわからなかった」が、小学校6年生の時、自宅の建て替えで目の当たりにした職人の姿は、今でも印象に残っているという。
高校卒業後は東京大学に進学。3年次には、工務店の息子だからと「流れで」工学部建築学科に進んだが、周囲は建築に情熱を燃やす学生ばかり。挫折感を味わったという。
卒業後はそのまま大学院に進み都市計画を専攻。修了後は「家業を継ぐにしても視野は広い方がいい」と考えて組織設計事務所に就職し、公共建築物の設計などに関わるようになった。
学生時代の挫折があるとはいえ、順風満帆に見えるキャリアだが、成島さんにとって就職は「自分を見つめ直すきっかけになった」。建築主と利用者が異なるという公共建築物の特性が「自分には合わない」と感じ、2年半で退職することにした。
入社早々実務に就き30周年を機に社長就任
創業者で現会長の父・敬司さんに退職を報告したところ「戻ってこい」と説得され、27歳で同社に入社。後日談だが、敬司さんは知人の工務店経営者に「息子に戻ってきてほしい。どうしたらいいか」と相談したという。
入社後、初めての仕事はOB顧客から受注したリフォームの現場管理。2~3カ月後にはいきなり新築の設計を任された。それでも「お客様が目の前にいて、反応もすぐわかる」住宅の仕事は楽しかった。しかも「初めて担当したお客様が、引き渡しのときに嬉し涙を流していた」光景は、今でも成島さんの胸に深く刻まれている。
2020年、会社設立(1993年)からあと数年で30年、というタイミングで、父親が2度目の脳出血を発症。成島さんは、その前から何となく考えていた事業継承を意識するようになり「30周年を機に社長に就任する」ことを宣言し、今年4月、その言葉通り事業を継承した。
事業継承は組織を進化させるチャンスだ。成島さんもDXの遅れなど課題解決に取り組もうと考える一方で、「今後も守り抜いていきたい」もの・ことも少なくない。そのひとつが・・・
この記事は新建ハウジング8月20日号8・9面(2023年8月20日発行)に掲載しています。
住宅ビジネスに関する情報は「新建ハウジング」で。試読・購読の申し込みはこちら。