新CX論の第二回目(【助言】御社は事業環境の変化を的確に捉えてますか?)では、顧客の内側にある変化も事業環境の変化と捉え、その変化に適応していくことが大切であると書いた。住宅という製品や製品を造り上げる過程の中で、顧客は自身が得た情報と情報に基づく判断軸や考え方で購入を決定するわけで、顧客の内側にある変化を捉えることが必須だ。
顧客の内側の変化の一つに、「期待」とその変化も含まれる。顧客は、製品・サービスを比較検討する過程で情報収集をして判断軸や考え方を整理し、「期待」を形成する。そしてその「期待」に基づいて受け取る製品・サービスの「何に」対してお金を払って良いかを考える。今回は改めて、料金や代金は何の対価なのか?について考えることでCXにつながるヒントとしたい。
支払っているのは何の対価か
自分たちの日常においても、例えば飲食店やスーパーマーケットなどの小売店に対して、あるいは事業の場面では、メーカーや資材卸などに対して「料金、代金」を支払う。その料金、代金は受け取ったモノやサービスの対価として支払っていると考えるのが普通の感覚だ。
しかし、飲食サービス(料理を提供される、飲食する場を提供されるなど)を受ける際に支払っている料金や代金は、単純に原材料費に調理工数を加味した費用として、あるいは清潔で食べやすい席をセットしてくれたことに対する費用として、「それだけ」に払っているのだろうか。そうではないはずだ。
落ち着いた空間での食事の場には「相応な料金」を払っても良いと考えるのが自然だ。このことは日常的な経験として実感できるはずだし、また代金や料金から受け取る製品・サービスを見た時に相対的に安価なものに対する期待と相対的に高額なものに対する期待では異なっていることからも理解できる。
顧客が「お金を払いたい」こと—それは期待を超える便益と満足
事前の期待を上回る水準の製品・サービスを受け取ったことで生じた便益や満足に対しては、取り決めていた対価を支払うだけでなく、場合によっては取り決めを上回る対価を支払っても良いとすら思うだろう。逆に、事前の期待を超えない製品・サービスには、あらかじめ取り決めた料金や代金すら支払いたくないと思われるということだ。つまり、期待と提供される製品・サービスの「ギャップ」が不満の源泉になるのだ。
「期待とその対価」を考えるエピソードとして自宅を建築中の知人から聞いた話がある。
知人が「太陽光発電設備の設置に関する補助金申請を工務店に代行してもらった際、対応の迅速さとか正確さが不満だった」という経験をしたそうだ。彼は「建築代金を払わないぞということまでは考えないけど、気持ちよく払おうという感じでもなくなった」という話をしていた。
工務店にとって代行は「ついで」の「お手伝い」で主たる業務ではないが、顧客からすれば代行行為を受けてもらった時点で「建築代金に含まれる期待」を生じさせていたということだ。
製品・サービスを受け取る側にはそもそも「期待」があるわけだが、もう一つ重要なことは、あらかじめ取り決められた対価が高額であればあるほど期待も大きくなるということだ。提供してくれて当たり前、実現してくれて当たり前、教えてくれて当たり前、サポートしてくれて当たり前、など「当たり前」なことが増えるのだ。言い換えれば期待の水準が高くなるということだ。
溢れる情報が期待を変える
昨今の消費者を取り巻く情報環境は、インターネット上の情報が豊富になりかつアクセスが容易になったことで、製品・サービスを選択する機会が増えた。その一方で、絞り込みや意思決定に必要な情報に到達しにくいという問題も生じている。アクセスが容易な豊富な情報の中に、専門家の根拠ある情報だけでなく、経験談の口コミなど不確かな情報が玉石混交の状態で市場に溢れていることも一因だ。もちろん、このような消費者を取り巻く環境は住宅市場でも同じだ。
またこのような現代は、先ほど見てきた「顧客の期待を上回る」便益や満足を提供することも難しくする。消費者は自ら得た情報をもとに自身の内側に期待を膨らませる。仮に正確で適切な情報で消費者の期待が形成されれば、その期待に超えるべく努力のしがいもあるわけだが、一方で過剰な製品・サービスを求められることで事業としての利を失う可能性も生じる。
また、もし消費者が手にした情報が不確実な間違った情報で、なおかつそれに気づかないまま期待が形成されたとすれば、その対処は難しくなる。
決められない顧客、何が本当かわからなくなって不安に陥っている顧客、自身が集めた情報が全てだと思い込んでいる顧客——。情報が溢れる社会ではいろいろなケースに直面することが考えられる。そうした際に、なんでも顧客の言う通り、顧客の理解の通りにすることが、顧客の期待を上回る便益と満足を提供することにはつながらないのだ。
ときに「過剰な期待や間違いを正す」という提供価値も考えるべきだ。それも顧客にとっては対価を払っても良いと考える期待を上回る源となるはずだから―。<続く>
<前回まで>
連載#1 いま、伝えたい。「工務店こそ圧倒的“顧客体験”を高めよ」
連載#2 【助言】「御社は事業環境の変化を的確に捉えてますか?」
住宅ビジネスに関する情報は「新建ハウジング」で。試読・購読の申し込みはこちら。