新建ハウジング読者の皆様、はじめまして。株式会社HAPROT(ハプロット)代表取締役の満元貴治です。一人でも多くの人が、安全に住み続けられる住まいを増やすために「安全持続性能」という概念を考案し、“安全な家づくりアドバイザー”として、工務店のコンサルティングなどを行っています。
私は作業療法士です。11年間、総合病院やリハビリ専門の病院に勤務し、通算で3000人以上の患者に携わってきました。また、患者が退院する際の支援として、住宅の調査・改修に関わるのも作業療法士の仕事のひとつですが、これも100件以上に関与しました。
なぜ、作業療法士の私が、家づくりに関わるようになったのか。病院に勤務した11年間で、実にたくさんの患者と関わってきましたが、実感したのが「医療は万能ではない」ということでした。病気になったり、けがをした後、治ったかのように見えても、多かれ少なかれ体の変化や後遺症があります。完全に元にもどることはほとんどない、といってもいいかもしれません。
作業療法士になったのは、人を助けたい、救いたかったからでした。しかし、どれだけ努力しても、後遺症が残った人を助けることはできませんでした。むしろ、病気やけがを防ぐ、つまり病気やけがをする前に救うことが、苦しむ人を減らすことができるのではないか――そんな風に考えるようになりました。
住環境が「家に戻れるか」を左右
今の活動に至る大きなきっかけは、今から6年前、念願の自宅を建てたことでした。家庭(住宅)内にはさまざまなリスクがあり、事故が多発しています。家を建てる際、住環境を整えておけば、住宅内で事故が起こる可能性を小さくすることができるはずです。
また、住環境のせいで治療やリハビリを終え、退院しても、自宅に戻れない人をたくさん見てきました。退院し、自宅に戻る際、重要なのは「セルフケア(自立して生活できるか)」「家族の協力」「住環境」の3つで、このうち2つ以上が揃わなければ自宅に戻って生活することは非常に困難です。
この3つのうち、住環境に問題があると、自宅に戻るためにはセルフケアができて、家族の介助も必要、となってしまいます。逆に、住環境が整備されていれば、万が一病気やけがをしても、治療・リハビリを終えたら、また家に戻れる可能性を高められます。
「医療の現場からではなく、家づくりからアプローチするほうが、もっとたくさんの人を救えるかもしれない」。思い切って2年前に病院を退職し、安全な家づくりアドバイザーとして独立。昨年、株式会社HAPROTを立ち上げました。
「何かあったら」では遅い?
私が提唱している安全持続性能(に該当する部位・仕様)は「後で考えたらいい」と言われがちです。私も実際に言われました。確かに工務店さんからすれば、初期費用を抑えるほうが受注しやすいでしょう。仮に初期費用が高くなる場合、工務店さんは良かれと思って「何かあったら改修で対応しましょう」とおっしゃるかもしれません。
作業療法士としての経験から言えば、何かあってから対応する、という人が圧倒的多数を占めています。例えば、虫歯になったから歯医者に行く、という方はたくさんいらっしゃいますが、歯石を取りに定期的に通っている人は少ないのではないでしょうか。自分の判断で病気・けがを予防するのはお金も気力も必要です。確かに積極的にできる人は少ないでしょう。工務店さんが「何かあったら…」とおっしゃる気持ちもよくわかります。
私は、リスクの捉え方には2パターンあると考えています。一つ目は「リスクによって事故が起こるかはわからない。だから考えてもしかたがない」。もうひとつは「リスクは最悪の事態を招く可能性もある。だから回避しよう」。私も含む医療系は後者の立場を取りますが、前者でも間違いではないでしょう。
しかし、施主の立場からすれば「何かあった」そのときに、改修費用を捻出できるかという不安もあります。子どもの教育費や親の介護など、お金が必要なシーン・タイミングで、さらに住宅を改修しなくてはいけない、となったら…?結果的に苦しい思いをするのは施主(お客様)なのです。だからこそ、工務店はあらかじめリスクを回避した家づくりをすべきだと考えています。
何かあっても戻れる家づくりを
高齢化が進み、医療費がひっ迫していく中、現行の法制度では、十分な入院期間を確保できないのが実情です。また、高齢者施設にしても、物価上昇による固定費の増加や、人手不足から入居費用を上げざるを得ず、入居者が限られる可能性もあります。
今の状況が決していいとは思いませんが、治療・リハビリ後は「自宅に戻る」ことを第一に考えなくてはいけなくなるかもしれません。そのためにも、住環境を整えておくことは、これからの家づくりで必須のポイントになるでしょう。
次回からは、家の中に潜むリスクや、病気・けがによる人間の体の変化を具体的に説明していきたいと思います。
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