前 真之 Mae Masayuki
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻科准教授。博士(工学)。住宅のエネルギー全般を研究テーマとし、健康・快適で電気代の心配がない生活を太陽エネルギーで実現するエコハウスの実現と普及のための要素技術と設計手法の開発に取り組む
燃料価格が急上昇し、電気料金が大きく上昇している。“冷暖房を我慢して”という要請まで出る始末だが、なぜこうなってしまったのか。
現在の住まいに対し、冬の寒さや光熱費、夏の暑さなど建物の性能不足による不満を抱く人はたいへん多い。自宅でヒートショックの危険性を感じている人も半数近くに上っている。
オイルショックから50年、確実に効果が実証されている技術は断熱・気密、高効率設備、太陽光エネルギー活用の3つだけ。だが、日本はいずれも取り組みが遅れている。特に、断熱は適合義務化を先送りし続けたせいで、最低限の水準である断熱等級4を満たすストックさえ13%に過ぎないのが現状だ。もし、2000年に断熱・省エネ・再エネが義務化されていたら、少なくとも一定の性能を有していて、冬の寒さに苦しむことなく、電気代やガス代の不安もなく過ごせる住宅が、ストック全体の半数近くに達していたかもしれない。でもそうはならなかった。
2011年、東日本大震災が起こり、電気料金が一時的に上昇したが、アメリカで起きたシェール革命の影響によって、電気料金も下がった。その成果、省エネ基準義務化も先送りされてしまったが、今、電気料金の高騰でいよいよピンチに陥っている。ガソリンや電気料金に対し、兆単位の補助金がつぎ込まれているが、このままでは借金だけが増えていく。
やるべきは、本当に困っている人に対して、効果が長期間持続する対策だ。みんなが健康で快適に、電気代の不安もなく暮らせるようにするには、性能向上リノベーションの普及が不可欠なことは議論の余地がない。
日本の住宅ストックに、メーカーが生産できる限り(年間300万セット)の内窓を設置していくとどうなるか、試算してみた。1戸に3セットの内窓を設置するとして、年100万戸が改修できる。2040年まで続けたとして、費用は合計5.6兆円。半額の2.8兆円を補助するとしても、ガソリンへの補助よりも安い。CO2排出量の削減にもなり、むやみに発電所を増やさずに済む。最高の対策ではないか。これからは一部の大企業だけが利益を得るのではなく、国民一人ひとりに恩恵を届けなくてはいけない。その担い手は地域工務店ではないかと考える。
とはいえ、性能向上リノベの普及は進んでいないのが現状だ。住宅行政、生活者、事業者それぞれに課題はあるだろう。政府はいろんな施策を打っているが細切れで、補助額も小さく、多くの国民に恩恵が行き渡るほどではない。また、実際に性能向上リノベを行った生活者の満足度は高いのだが、リフォームの際に断熱改修まで行う人は2割に過ぎない。シミュレーションや実測で、わかりにくい性能向上の効果をいかに見える化するかが課題だ。
補助金も、次から次へと新しい制度が出てきて、事業者が最新情報を把握しきれていない。生活者をどうファイナンス的にフォローするか、工夫が必要になってくる。性能向上リノベの効率的な型もまだない。一事業者がゼロから取り組むのは大変だから、業界で型をつくって共有することも必要かもしれない。
このような課題がある中で、地域工務店は何をすべきなのか。
生活者には性能向上リノベの効果を正しく伝え、資金計画もサポートしなくてはいけない。設計・施工の面では効率的な工程管理でコストダウンを図り、確実な施工で性能を担保する必要もある。だからこそ、工務店にはDXが必要だと考える。
DXの本筋は仕事のやり方、プロセスを改善し、効率を上げることだという。小規模工務店が大手に対抗するには、効率的なプロセスを誰かがつくり、共有する必要がある。
いずれにせよ、新築偏重のビジネスモデルはもう終わり。既存住宅のリフォームへの転換は、世界的な経済の流れから言っても避けられないし、地道だが、いずれは国民全員がその恩恵にあずかれる。地域で頑張る工務店の方々にもお力添えいただいて、日本のためになる結果を出したい。住宅性能向上DXコンソーシアムプロジェクトには大きく期待している。
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