脱炭素化に向けて必要不可欠になるのが、性能向上リノベーションだ。性能やデザイン、コスパをはじめ、その“ 価値”を生活者に発信しながら、戦略的に取り組むことが必須だ。今回は増子建築工業(福島県郡山市)の増子則博さん、u.company(東京都目黒区)の内山博文さんを招き、リノベの現在地と求められる将来像について語ってもらった。聞き手は新建新聞社社長で新建ハウジング発行人の三浦祐成。
三浦:性能向上リノベの現在地について、皆さまにお話を聞かせていただきたいと思います。
内山:首都圏でも中古住宅流通が新築を上回る勢いで活発化してきています。振り返ってみれば、私が会長を務める一般社団法人「リノベーション協議会」の設立から12年が経過しました。今回の「性能向上リノベ」という言葉の中にリノベーションが含まれているように、すでに生活者にも浸透しつつあり、住宅を購入する際に、選択肢の一つとして挙がるようになりました。資材や土地の価格高騰、ウッドショックなどで、新築購入に対するハードルが上がっている状況もある中、リノベーションに対する期待感は高まっています。
三浦:本日のテーマである性能向上リノベについてはどうお考えでしょうか。
増子:まさに伸び代が大きい分野です。大手よりも地域工務店が積極的にチャレンジし、着実に棟数を伸ばしてきています。そういう観点で言えば、戸建てリノベの市場は工務店に広がってきていると言えます。一方、性能向上に関しては、生活者よりも業界の中から声が上がっているという認識です。新築市場がシュリンクするのは確実です。大手にはない、工務店の技術を生かした「付加価値」を提供したいと考えている事業者が増えてきている印象です。
三浦:まさにそれに取り組んでいるのが地域工務店です。増子さんがリノベに取り組むようになった背景も含めて教えてください。
増子:2011年に東日本大震災があり、2016年くらいまでは県内で建て替え需要がありました。ただその依頼自体はつらい仕事が多かったんです。原発立地から避難してこられる方が、故郷を離れて、家を建てることが必ずしもハッピーなことではない。そこから住み続ける・住み継ぐことを仕事の一環にしたいと思うようになり、その想いで 2017年2月にリノベを本格始動させました。
三浦:まさにリノベの本質を突いていますね。リノベの魅力をどのように生活者に発信されていますか。
増子:3階建ての本社で2、3階が活用できていなかったので、そこに事務所機能を移し、1階にリノベのショールームを設置しました。路面店なので集客力があります。「うちだったらこんな設計施工ができますよ」という世界観を発信しながら、プラスで性能向上を訴求させています。
リノベと性能向上は“ 必要十分 ”
三浦:当初から性能向上を意図して提案していたのでしょうか。
増子:リノベと性能向上は “ 必要十分 ” です。性能向上でなければ「リノベ」ではないです。耐震と断熱はやって然るべきでスタートさせています。予算も含めた条件の中で、どこまで引き上げることができるのか、その判断軸が重要になってきます。
三浦:具体的にどのようなプロセスで行われているのでしょうか。
増子:弊社は社員の半分が大工職人で、新築で培った技術力があります。まず現地調査した後に、さらに現場へベテラン社員2人と一緒に行き、最終確認をします。お客様はリノベがしたいのではなくて、「快適で安心な家に住みたい」という目的があります。お客様にとって本当に必要なものは何かをヒアリングした上で、ベテラン社員や大工と最適解を導き出します。体制は、一般的には新築とリノベを分けた方がいいと言いますが、それぞれに受注の波があるから、事業部を分ける必要はないと思います。若い大工の場合は、まず新築で実力をつけてから、リノベに行く流れにしています。
三浦:顧客層はどのボリュームゾーンが多いでしょうか。
増子:圧倒的に実家リノベです。地方にはそうしたニーズが強くあります。実家を住み継ぎながら、理想の暮らしを実現したいと考える方が多いです。主体者は娘さんでパートナーは養子縁組しているか、あるいは、奥様のご実家に婿入りという形をとらずに同居する「マスオさん」状態のケースがほとんどですね。
広がるリノベの市場性 工務店がやるべきこと
三浦:戸建てリノベの市場性については、どう考えていますか。
内山:2000万円オーバーのリノベーションは、家を何らかの理由で残したいという強い思いがなければ、需要が低いビジネスモデルですよね。これまでの常識からすれば、手間も掛かるし、建て替えや新築にすればいいとなるのが普通でした。ただ、増子さんのお話にあったように、生活者は「住み継いでいきたい」という潜在的なニーズが一定数ある。それがまだ世の中、業界に顕在化していないだけで、実は大きな市場がありますし、未開拓な分野だと思います。
増子:注文住宅、規格住宅、リノベ、そしてリフォームなど、色々な看板を掲げることが地域工務店として大切になってくると思います。生活者から「困ったら、あの工務店に相談すればいいよね」となるのが理想的です。郡山市という町から出るつもりもないですし、ここで生きていくと決めています。人口減少が続く中で拠点展開して利益を確保するのもナンセンス。とはいえ、今まで通り注文住宅だけでやっていくのは難しいのではないでしょうか。であれば、リノベなどあらゆる商品ラインナップを並べて、地域のお役に立ちながら利益を出していく。それが工務店のひとつの生き様だと思います。
三浦:リノベ市場全体に必要なことは何だと思いますか。
増子:リノベの定義付けは必要だと思います。
内山:まさにその通りですね。前提認識を揃える必要があると思います。
増子:土地建物の取得込みで、トータル2500万円でリノベをしたいというお客様がいました。「その予算では難しいです」と伝えても雑誌やSNSなどを見せてきて「ここにはできると書いていますよ」と言ってくるケースがありました。ただ、それは外見を綺麗にしているだけで、性能向上が伴っていないケースがほとんどです。そうしたコミュニケーションをとるのに時間が掛かるケースが多いのが現状です。リノベの本質的な意義を理解してもらうためにも、「性能向上リノベの会」で社会的なコンセンサスを形成していくことが、業界にとってもプラスに働いていくと思います。
性能向上リノベの会では、工務店が性能向上リノベに取り組む際のボトルネックになる部分を解消するための総合的な支援をしています。たとえば、物件選定の事前相談・調査・契約・設計・工事管理・引き渡しなど、工程ごとに業務フローやプロセスを公開することで、リノベーション事業への参入障壁となる部分を解消する取り組みをしています。また、温熱計算や耐震診断、住宅ローン・補助金の申請など、各分野の専門企業による提携サービスを取り揃えているのが特徴です。この取り組みが地域工務店の拠り所になれば嬉しいです。
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