新建新聞社は、松尾和也さんの新著「お金と健康で失敗しない間取りと住まい方の科学」の発刊を記念し、日産自動車で国産スポーツカー・GT-R開発プロジェクトをけん引したエンジニアとして知られる、プロジェクト・カーズ合同会社代表の水野和敏さんと松尾さんによるトークライブを5月16日に行った。住宅と家、異なる分野でも共通する「ものづくりの神髄」や、時間軸からみる住宅の価値について考えた。聞き手は新建新聞社社長で新建ハウジング発行人の三浦祐成。※内容を抜粋して紹介
水野和敏(Mizuno Kazutoshi)
1972年国立長野工業高等専門学校卒業後、日産自動車へ入社。1989年にNISMOに出向、レーシングチームの総監督兼チーフエンジニアに就任。1993年に日産自動車に復職後、2003年よりGT-Rを開発するプロジェクトの総責任者として活躍。2013年の退社後、台湾の自動車メーカーの副社長として自動車開発に携わる。現在は、プロジェクト・カーズ合同会社の代表として、企業力&人材育成のための講演活動など多分野で活動中。著書に「非常識な本質」(2013年、フォレスト出版)など
三浦 今回松尾さんが水野さんと対談したいと思った経緯をお聞かせください。
松尾 水野さんは、私が世界で一番尊敬しているエンジニアなんです。物理の本質と忠実に向き合いながらも、「この人がつくった車が欲しい」とお客さまに思わせる、“水野節”ともいえる物語のつくり方に引き込まれました。水野さんは車、私は住宅と、異なる分野ではありますが、共通する「この人がつくったものなら」と思わせるような“ものづくりの神髄”を深くおうかがいしたいです。
水野 大手企業である自動車会社のものづくりは、「自分たちはいい会社で、いい商品をつくった。だから買ってください」という、「もの自体をつくる」という考え方が基本になっていると感じます。しかし私は、ものというのは時代とともにどんどん変わるもので、車も単なる物に過ぎないと思っていて。お客さまが本当に求めているのは「この車に乗ったら自分のライフスタイルがどう変わるか?」ということなんじゃないかと。だから私は「お客さまの心をつくりたい」と思ってやってきました。
三浦 水野さんは開発に携わっていたとき、お客さまの声をどのように聞きましたか。
水野 「言葉は人の心」だから、お客さまの懐に飛び込めとチーム員にも教えてきました。お客さまのところに行き、自分の考えをぶつけて、それに対するお客さまの反応を見ろ、と。矢面に自分が立って「聞かせていただく」ということです。私も自動車業界なので、新車開発をするたびに、外部のリサーチ会社に頼んで、ターゲットカスタマーのグループインタビューをしていました。でも、いきなり見知らぬ人が10人いるところで、誰が本音を言えるのか。マーケットリサーチで見えることも、ほとんどが紙の上の話です。本当に欲しいものは、人の心にあるはずだと思っています。
松尾 水野さんと以前「私たちの仕事は“くみ取り屋”ですね」というお話をしたことがあります。「お客さまがおっしゃることをひとつも漏らさないように拾う」というのもそうですが、それよりも「言葉には出ない行間をくみ取る」という意味で。例えば、夫35歳、妻32歳、3歳と1歳の子どもがいる家族からの依頼があったとして、本人たちはいまこの瞬間(子育てを行っている現在)に最適な住宅しか見ていない。それに最適化した住宅をつくる設計者が、世の中の8割ぐらいかな…。
水野 いや、99パーセントですよ(笑)。まさしく先ほどの話で、マーケットリサーチを行って出た「今」と「過去」しかわからない結果でものをつくるというのは、例えば2年後になったら、お客さまにとっては「2年前のものを買わされた」ってことになるんです。だから松尾さんがいまおっしゃったことはすごく大事。
松尾 お客さまが自分たちの将来を想像していないことは仕方ないけど、プロであるこちら側の人間も考えていないことが多い。例えば、真南が更地だったら、将来なにかが建つのは当たり前の話なのに、ほとんどの設計者はそれすら見ていない。ものすごく浅い第一段階のくみ取りですら行われていないというのが、水野さんのおっしゃる“99パーセント”かなと。まずはそこからスタートですね。
水野 「素人の情報」と「プロの推定力」は両立していないといけません。それが両立している人って、1パーセントもいないかも。お客さまの「テレビでこうやってたけど」といった知識は、実は全部が「過去」であり、「常識」とも言い換えられます。常識は「安さ」でしか売れなくなっていく。それに対してプロの仕事というのは、「未来の価値」をどれだけつくれるかということ。「想像」のエリアでの話で、お客さまが知らないこと、これから価値が出てくること、つまり「非常識」。日本人は「非常識」を悪い言葉だととらえがちですが、私は物事をいつも「時間軸」と「価値の軸」という目線で見ています。
三浦 先ほど松尾さんが「“水野節”というものがある」とおっしゃっていましたが、GT-Rなど見たことがない車も「これ、すごい。欲しい」と“一目ぼれさせる”やり方はありますか。
水野 それはとても簡単で、「本質に正直であること」です。GT-Rをつくったとき、世界にはフェラーリやポルシェがあった。それなのに私が「世界で一番速くて便利な車なんですよ」と言ったところで誰も信じない。だから私は、中学校の物理の授業で習うような「最大静止摩擦力」になぞらえて、「どんなにパワーがあるいいエンジンを載せても、どんなにいいブレーキを載せても、グリップ力がなく滑ったら性能が出ない。だから私は世界最高の『グリップ力』をつくる車をつくった」と、本質を正直に言いました。
そうすると、お客さまの中で「フェラーリ」「ポルシェ」「水野」といった名前は消えてしまい、国境も人も企業名もない「本質の世界」に入ってくる。この世界へどう持っていくか。この世界に「共感」があるんです。「私はプロだから細かいことも知っている、お客さまは素人だからなにもわからないだろう」と決めつけるのではなく、原点に戻って「共有できるものはなにか」を考えれば、自然に出てきます。お客さまの懐と脳みその中に入って、共通の視点をつくる。これこそがプロだからできることで、素人ではきっとできません。
トークライブ全編は新建ハウジング公式チャンネルで視聴いただけます。
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