古い蔵などで見かける「置き屋根」と漆喰仕上げの土壁が印象的なM邸は、長野県千曲市の自然環境に恵まれた 230坪という広い敷地に、筋交いや金物、合板を使用しない伝統構法によって建てられた。30代のMさん夫婦が、小学5年生と3年生、1歳の3人の男の子をのびのびと育てながら、健やかな暮らしを営む現代の民家だ。伝統構法にこだわりながら、技術の継承と大工の育成に力を注ぐ小坂建設(長野市)が設計・施工を手掛けた。
施主が、まだ若い夫婦ということに新鮮な驚きを覚えた。伝統構法の住宅の施主像に対し、懐かしさも含めて依頼してくるシニア世代が多いというイメージ(先入観)があったからだ。Mさん夫婦は、最初から和風や伝統構法でつくる住宅に興味があったわけではないという。もともと凝り性だというご主人は、ハウスメーカーのモデルハウスが建ち並ぶ展示場巡りからスタートし、家づくりについて研究を重ねた。しかし、数多くの住宅会社の家を見れば見るほど、つくり方を知れば知るほど、「何となく、これは “本物 ”ではないという感覚が募っていってしまったんです」と振り返る。
職人の技術を結集
そこでMさん夫婦は、本物をキーワードに、家づくりについて自分たちなりに学びを深める中で、小坂建設が木と土でつくる伝統構法の家にたどり着いた。ご主人は特に、土壁の魅力に惚れ込んだ。オーガニックな素材、シンプルなつくり方、美しさ、機能性(蓄熱・調湿・脱臭)など「正真正銘の本物、そこには偽りが入り込む余地がない」と絶賛する。
Mさん夫婦は、自邸の新築にあたり、小坂建設の社長の小坂浩一さんに、「本物の素材を用いて、大工さんをはじめとする一流の技術を持つ本物の職人さんが、その技術を思う存分発揮できるようにしてほしい」と要望。その結果、漆喰仕上げの土壁も、1階の土間に張られた長野県産の鉄平石も、左官職人と石工職人がそれぞれ「こんな面積を施工した経験がない」と口をそろえるものとなった。
木材に関して言えば、M邸の柱や梁・桁などは全て、品質の高さで知られるブランド材の「木曽檜」だ。小坂建設の高い技術を持つ大工が、丁寧に墨付けや刻みを行い、組み上げた。それによって生み出される空間は、強さと使いやすさ、美しさの「強・用・美」を兼ね備える。玄関を入るとすぐに迎えてくれる、美しい木組みの吹き抜け空間に、思わず目を奪われる。
快適さを自らの手でつくる
M邸には、暖房用の大型の薪ストーブはあるが、エアコンはない。ご主人は、蓄熱や調湿といった土壁の力(機能性)と、自身のたっての希望で取り付けた “無双窓 ”なども活用しながら、「信州の気候にあった快適さを自らの手でつくっていく」と語る。外の緑を見ながら、清々しい板の間でご主人の話に耳を傾けていると、土壁と自然の力によって生み出される快適さが、説得力を持って体に伝わってくる。そういえば小坂さんも「うちの伝統構法(の家)のお施主さんは、みんな土壁の空間の快適さに驚くんです。中には、わざわざ感謝の手紙をくれる人もいます」と話していた。
M邸のシンボルとも言える置き屋根も、伝統的な建築様式を再現したというだけではなく、むしろ快適な温熱環境を創出するために、小坂さんとご主人が2人で研究を重ねて、戦略的に採用したものだ。通常、屋根面になる部分には、・・・・【残り1486文字、写真10枚】
続きは『新建ハウジング別冊・ワンテーママガジン/がんばる地場工務店』(2021年8月30日発行)P12~17に掲載しています。
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