今回は東京都町田市で活動するもくれん製作所の取り組みを紹介する。
代表の伊藤央さんは明治大学大学院を修了した後に地域ゼネコン勤務を経て大工になり、6年前に独立した。独特のキャリア形成を見ていく。
※この記事は、新建ハウジングの人気連載「最少人数で生き残る nano工務店の経営術」(2020年10月20日号掲載)をデジタル配信用に再編集したものです。
伊藤央さんは1979年に神奈川県座間市で生まれた。建築関係の研究者である父親と美術や建築好きの母親に育まれ、子どものころから自然に建築に興味をもった。理数系の科目が得意だった伊藤さんは明治大学の建築学科に進んだ。
大学時代に印象的な授業があった。陶芸家の作業小屋をつくるワークショップだ。学生たちで設計し、泊まり込みで施工も行った。このワークショップで伊藤さんは施工に興味をもった。作業の段取りを考え、道具を選定して手を動かし、試行錯誤しながらつくり上げることに楽しさを感じた。
地域ゼネコンで現場を学ぶ
大学院修了後、伊藤さんは就職活動を始めた。施工に面白さを感じていたことから、大工という選択肢も頭にかすめたが、大学院から大工の道に入るのは筋が違うと考えた。伊藤さんは滋賀県の中小ゼネコンに入社。住宅部門の現場監督として配属された。
最初は何もできなかった。ひたすら掃除をして職人の手伝いをして現場のイロハを学んだ。当初、地元で生まれ育った職人たちと伊藤さんとの間には気持ちの上で距離があった。それを縮めるために休憩時間に積極的に話し掛け、少しずつ信頼関係を築いていった。現場への理解が進んでくると、効率のよい施工手順や納まりを考えるようになり、職人に提案や指示をして信頼を獲得していった。
3年目になったころ、伊藤さんのなかに1つのアイデアが浮かんだ。自分が監督をしながら大工として関わればもっと面白くてよい建物が合理的にできるのではないか。そう考えたのだ。その気持ちは次第に強くなり、伊藤さんは2008年に3年間勤めた会社を辞め、千葉県南房総市にある村上建築工房に大工として入社する。同社には大学時代の友人が大工として在籍したことがあり、その友人から紹介を受けた。
30歳目前で大工の道に入る
村上建築工房は社員大工が設計から墨付け・刻み、施工管理までを一貫して担当する独特の方針をとっている工務店だ。当時はプレカットの時代になっていたが、同社ではすべての建物で手刻みを行っていた。社員大工が常時5人程度おり、そのうち半数が伊藤さんのような実務経験者で見習いから技術習得をした大工であり、希望者には技術習得後に独立することを推奨していた。
伊藤さんは入社時すでに29歳。職人としてのキャリアを築き始めるには遅かった。10代から叩き上げられて技能を身につけた大工にコンプレックスを感じる一方、なるべく早く技術習得をして独立したいとも考えていた。
伊藤さんは時間を無駄にしないように努めた。普段から先輩大工のやり方をじっくりと観察し、分からないことは本を読んで勉強もした。自分で手を動かすときも、考えながら作業することにこだわった。もともと手先は器用だったこともあり、技術を習得していくスピードは早かった。3年目には階段を刻ませてもらうようになり、リフォーム工事では墨付けから行うようになった。そして6年目には設計と墨付け・刻み、施工管理をトータルでこなせるようになった。在職中に一級建築士の資格も取った。
大工として多様な現場に関わる
村上建築工房に丸6年在籍した後、伊藤さんは独立を果たす。当初はフリーランスの大工として、住宅や店舗、新築からリフォームまでさまざまな現場に関わった。在籍中に設計事務所と知り合いになり、大学の同級生が工務店として起業して軌道に乗せるなど、業界内からは仕事の声が掛かりやすい状況にあったので、仕事に困ることはなかった。
それぞれの現場は駆け出しの大工として勉強になることばかりだったが、当初構想した「設計施工+大工」というかたちには近づいていかなかった。工務店としての体制を整えるためには時間が必要だったが、1人で活動していると体が空かない。だが仕事を断ることは怖かった。
職人は現場に出てなんぼ。一人親方として活動するとそんな感覚が自然と身につく。現場が切れなければ食っていけるのは職人の強みであるが、別の方面に進もうとしたときには足枷(かせ)にもなる。伊藤さんもそのジレンマに悩んだ。
幸い、独立から3年がたったころに大規模なリフォームの仕事を得ることができた。大工としてではなく、工務店として施工全般を請け負う仕事だ。これがきっかけとなり、請負の依頼が仕事の主軸になっていった。それでも1つの仕事が入ると体が空かないという点では変わらない。木工事に関しては知り合いの大工に応援にきてもらえばよいが、監督の代わりは効かないため、伊藤さんが現場に張り付く必要がある。引き渡しまではほかの仕事の話がきても断るしかなく、ましてや設計まではとても手が回らない。
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