3.住宅・建築物をめぐるエネルギー政策の現状
住宅・建築物をめぐるエネルギー政策については、すでに次のような目標が掲げられている。まず、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」において、「新築の住宅・建築物について、2030年までに平均でエネルギー消費量が正味でおおむねゼロ以下となる住宅・建築物(ZEH・ZEB)を実現することを目指す」とされている(7)。ここでZEHとは、断熱性能向上・高効率な設備を導入することで省エネを進め、それでもどうしても残るエネルギー使用については、再エネ(太陽光発電)導入で自ら賄うことで、年間のエネルギー消費量収支をゼロとし、実質的に温室効果ガスの排出をゼロにすることを目指した住宅である。ここから、ZEHの実現には太陽光発電の住宅への導入が不可欠になることが分かる。
しかし現状ではそもそも、300m2以下の住宅については省エネ基準の適合がなんと、義務化されていない。また、2019年において新築注文住宅に占めるZEHの割合はわずか2割超でしかない。うち、ハウスメーカーは47.9%のZEH比率を達成しているものの、一般工務店は8.6%と事業者によって達成率に大きな開きが存在する(8)。
ここからやるべきことは、下記のようになる。
(1)省エネ基準の適合義務化
(2)基準そのものが国際比較でみて非常に甘いため、その段階的引き上げが必要
(3)省エネ性能表示の義務化
(4)ZEHの普及拡大
(5)一般工務店をはじめ人材のスキル向上
「2030年で新築平均でZEH」という目標を実現するためには、2030年までに新築住宅に関してZEHを義務化することが必要であり、それを実現するためにも一方で「省エネ基準の深掘り」を進めつつ、他方で「太陽光パネルの義務化」を進めていくことが必要になる。既存住宅についても断熱を強化し、さらに太陽光パネルを設置するリフォームが行われることが望ましい。以上が、「あり方検討会」で議論された重要論点であり、筆者は「2030年で新築平均でZEH」を実現するうえで、住宅への太陽光発電設備の設置義務化が不可欠だと主張したのである。
4.なぜ太陽光発電の義務化が難しいのか
これに対して他の委員からは、太陽光発電の義務化は(環境整備がなされれば将来は可能であったとしても)現状では困難であるとの意見が多く出された。その主要な理由の1つは、設置義務化が住宅価格の上昇をもたらし、消費者に受け入れられないというものである。これはたしかに初期費用としてそうなのだが、余剰電力を売電できるほか、太陽光発電を自家消費することで電力会社への支出を削減できるというメリットがある点にも留意する必要がある。これによって初期コストは12年~15年で回収し、以後はむしろ経済メリットを享受し続けることができる(9)。これは、住宅が30年以上使われ続けることを考えると、太陽光発電導入には経済的メリットの方が大きいということを意味する。
初期投資費用の負担とその回収、さらには長期的なメリットについては、住宅購入の際にハウスメーカーや一般工務店が消費者に十分説明をすることで納得を得る必要があるだろう。
もっとも太陽光発電事業者は最近、設置費用ゼロで住宅屋根に太陽光パネルを取り付け、消費者の負担は現在の電気料金とほぼ同一水準の料金支払いで済み、さらに10年後には太陽光パネルを消費者に譲渡する「オンサイトPPA(自家消費型第三者所有モデル)」と呼ばれるビジネスモデルを展開しており、消費者が初期費用を負担する必要がないケースが増えている。
もう1つ重要な理由として、建築事務所や一般工務店の半数近くが住宅の一次エネルギー消費性能や外皮性能についての計算ができないため、その住宅が省エネ基準に適合しているか否かを確認できない、という実情が国交省によって明らかにされている(10)。これが、国交省が省エネ基準の適合義務化をなかなか実現できなかった要因であり、さらにはそれを引き上げたり、ましてや太陽光発電設備の設置義務化に踏み込むことを避けてきた理由であった。
だが、日本の住宅の水準を「2030年で新築平均でZEH」実現に向けて引き上げていくことは、単にエネルギー政策上望ましいだけでなく、住宅の質を引き上げ、居住性能を高めるうえでも必須である。日本の住宅の断熱性能が悪いために毎年多くの方々がヒートショックで亡くなっていることはよく知られるようになってきた。国交省は、事業者側だけでなく、もっと住宅消費者の側を向いて仕事をすべきではないだろうか。
省エネ基準の適合義務化と今後の基準引き上げに今後、付いてくるのが難しい中小工務店・建築士には、そのスキルを向上させる研修機会を提供したり、簡易計算ソフトを開発して彼らが容易に計算を実行できるよう支援する必要がある。だが、そのことを理由にして、日本の住宅政策を停滞させることは避けねばならない。ドイツは、1970年代以来、「省エネ政令」の改正を重ねて基準を強化してきているが、将来の義務値をまえもって予告することで、事業者が省エネ性能向上の手を緩めないよう配慮しているという(村上 2012,129頁)。
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