新建ハウジングの連載者でもある、在独森林コンサルタントの池田憲昭さん(Arch Joint Vision代表)が今年3月、『「多様性」〜人と森のサスティナブルな関係』を出版した。Kindle版の電子書籍と、Amazonが一冊ごとに印刷するオンデマンドペーパーブック形式の2種類から選択し、読むことができる。
本書は多様性をキーワードに、「森づくり」から「地域木材クラスター」「モノづくりと人づくり」「森のレジャー」「森の幼稚園」さらには最新の生物学に基づいた「文明論」まで書かれている。著者がドイツで実際に体験したものを軸に多面的に論じており、科学的なデータや知見を踏まえながらも、同時に「多様性」に魅了されてきた著者の想いや感情も記されているのが特徴だ。さっそくAmazonで注文して読んでみた。
■受け継がれる世代間の契約
第1章では「気くばり森林業」がテーマとなる。「気くばり森林業」とは自然に合わせ自然を生かした森林マネジメントである「近自然的森林業」と森林の多面的機能に配慮し、維持発展させる「多機能森林業」の2つの概念を一言で言い表したものだ。
著者がフライブルク大学森林学部に留学中、「このモミの木はあと30年育てれば、もっと太って立派な木になって高く売れる」などと森林官から聞くたびに今、自分たちがこの作業をしても見返りはないと疑問を感じていたという。
しかし、著者は、森と森に携わる人々と付き合いを深めていくうちに、自分たちが今、建物を建てたり、家具を作ったりできるのは親世代が木を育てて、全部自分のものにしないで次の世代に残すという書面化されない「世代間の契約」があることに気づいていく。
19世紀半ばから20世紀初頭、中央ヨーロッパでは産業革命と資本主義経済が社会を大きく動かした。「効率」と「競争」が重視され、「多様」な樹木からなる森が「非効率」と一掃され、成長がよくて育てやすい樹木を中心とした均質な「原木培養工場」が造成された。
このような風潮の中で南ドイツのシュパイヤーの森林官として働いていたカール・ガイヤーは緻密な計算に基づく表やグラフより、現場でのフィーリングを大切にし、多様性のある混交の森を自然の力を生かして天然更新で造成していくことを提唱した。
池田さんの著書を読んだ建築家の落合俊也さん(森林・環境建築研究所、東京都八王子市)は、次のようにコメントした。
「多様化を理解しそれを長期的に利用し続けているソリューションこそが正しい回答であるはずなのに、近代に成立した短絡的なソリューションが大きなお金を生みだし現代産業の中枢をなしている。しかし、このような多くの金を生み出す大量生産単一化合理主義という現代の社会特性は、人類を破滅に導く可能性が高い」
■地域に富をもたらす木材産業
第2章は「日本でこそ森林業を!」というテーマだ。日本は日射量がドイツの1.2~1.5倍くらいあり、雨量も多く、ヨーロッパの森林官がうらやむほど好条件である。土壌も非常に豊かで、森の面積もドイツの2.5倍と世界の中でも日本はたぐいまれな森林大国であるという。しかし、日本の林業関係者の認識は対照的にネガティブであり、その理由は「斜陽産業」だからである。
持続可能な森林利用の原則は「成長量の範囲内で利用していくこと」。
すなわち、どれだけの蓄積があるかと、どれだけ成長するか把握することが必要となる。日本では「森林・林業白書」に蓄積と成長量に記されているが、1970年代初頭に「収穫表(成長シミュレーション)」が作成された。その後はその収穫表に基づいて机上で計算されてきたため、大半のケースで公表している数字と実際の計測値では2~3倍の開きがあり、かなり控えめな成長シミュレーションが用いられていることが分かった。
著者は、日本の森林の蓄積はもっと増やしていけるし、間伐量も増やしていける。もっと魅力的な森が作れるし、あわよくば木材輸出国にだってなれると記している。
第3章は「地域に富をもたらす多様な木材産業」がテーマだ。
1990年代以降に、大型製材工場が多くなった。経済の波に乗っていればいいが、2008年に起こったリーマンショックでは建設業が打撃を受け、大手製材工場は、製材量を最大キャパの半分から3分の1へ減産しなければいけなくなった。筆者が住むシュヴァルツヴァルトでは、中小規模の製材工場が多い。それぞれの工場に特徴や個性があり多様な原木資源を個性のある小さな作業者同士で補完し合っている。
木材は多様な商品がある中で品質や部位によって使い分け、切り分けがされる。価値の高い部位から優先的に最後まで使っていくことを「カスケード(連なる滝)利用」という。木材を余すことなく生かすためにはノウハウや経験が森林作業者にも製材工場にも求められる。
この「カスケード利用」よりもっと複雑とした、森と木材業者の複合体を「森林・木材産業クラスター」といい、例えば、製材工場、パルプ工場から出るゴミなどを違う業界が再利用したり、昔は需要が少なかったブナが技術革新や従来とは違った発想などで、必要とされたりするなど、各業界で上から下まで複合的につながっている。
2005年にはドイツの森林・木材クラスターは132万人の雇用を抱えているとの発表があった。これはドイツの自動車・電気・機械産業の80万人を大きく上回る。この結果から日本でも100万人以上の雇用が創出できると推測できる。
■森は特別ではない、日常にあるもの
第4章「生活とレジャーの場としての森林」では、まず森林浴の効果について触れている。ストレス緩和、血圧の低下、免疫機能の向上などの効果からここ数年で世界的ブームになっており、自然界のメカニズムを解析している。森林のレクリエーションについてはドイツではほぼすべての森に気軽にアクセスできる道があるため日常生活の延長線上にあるが、日本では少し「特別な場所」へ行かないと森を体感することはできない。
さらにきれいに手入れされた森林はその景観から観光資源としての役割も担う。
シュヴァルツヴァルトの観光アクティビティの舞台は森林であり、観光客はハイキングや乗馬、冬はスキーを楽しむ。自然療法やリハビリ療養施設も多く、最近では森林セラピープログラムもある。ミシュランの星がついているレストランもあり、スイスやフランスからくる観光客も多いという。
著者によると、2019年の統計では京都を少し上回る規模であった。また、シュヴァルツヴァルトの観光業は現地の酪農家にとって原木生産とともに大きな副収入源となっており、収入の3~4割を観光業で賄っている農家も多い。
ドイツには遊具も、トイレも、オーディオもなく、掘っ立て小屋しかない「森の幼稚園」も存在する。広大な森を遊び場とし、各自気分や好奇心を頼りに自由に遊ぶ。先生は基本的な危機管理を施し、森は子供たちにとって広く多様で開放的。五感すべてに心地よい環境と、子どもたちを信頼し、自発的な行動を促す大人が子供の心のバランスを良くしている。また、森の幼稚園の子どもは免疫力が強く、いくつかの学術研究では学ぶための基礎能力が高いことも証明されている。
第5章のテーマは「多様性のシンフォニー」。現代社会において、資本主義経済の基本原理は競争である。しかし、ダーウィンの「進化論」から導かれている「競争が生物進化の決定的な原動力」であるという見解は、生物学的に正しくないという指摘もあり、「競争」ではなく「協力」がはるかに大きなモチベーションを人間に与える効果的な手法であることを、社会心理学、教育学、ゲーム理論、脳神経学にわたる幅広い学術分野の数多くの研究や実践事例が肯定している。
持続可能なソリューションは、数字や図表、グラフで、客観的・具体的に示すことができる制度、手法、テクノロジーのなかにあるのではなく、心持ちや人間性から生まれる。森林の維持のためには関係ある多くの人々がハーモニーを奏でるように助け合い、協力していかなければいけない。
池田さんの著書「多様性」〜人と森のサスティナブルな関係」は、こちらから購入することができる。
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