伝統建築なりに脱炭素への貢献を
――竹内先生は、前回も「伝統的な建築も、それはそれでいい」というお話をされていました。適合義務化の議論では、伝統工法や気候風土適応型住宅への配慮を求める声もあります。どう規制、義務化に盛り込んでいくのがいいのでしょうか。
竹内:伝統工法に取り組まれている方と話すと「断熱はしたくない」と言われる機会も多いのですが、だからといって他の人が、脱炭素の努力をしている中で「自分はしなくてもいいだろう」というのはどうでしょうか。
前:車だと、古い車なら税金を割増にするとか、金銭的なペナルティがあるわけですよね。だから、増エネの家は固定資産税を高くするなど、そのコストを顕在化すればいい話なんですよね。
はっきり言えば、省エネなんて電気代が高くならない限りはどうでもいいんですよ。電気代が上がると本当に困る人が出てくるから、できれば電気代を上げないまま、何とかソフトランディングしたいという話なんですよね。自由競争で、全てをお金に換算してしまえば勝手にできるというのは、かなり厳しい世界になります。電気代の支払いで困る人が出るのは望ましいことではない。
例えば、燃費で建物等級をつけて、固定資産税や不動産取得税の税率を変えたって構わないと思いますよ。車はそうですよね?
――車の場合、古くなると税金がかかるっていうのはありますよね。
竹内:ただ乗りではなく、相応のコストオンがあればいいと思います。もし、再生可能エネルギーや自然エネルギーにこだわるのなら、太陽光にこだわらず、他の方法で賄ってもらえばいい。しかし、伝統的な家に住んでいるけど、エアコンもガンガン使って炭素を出しまくりで「俺はいいだろう」って言うのは、ちょっと勘弁していただきたい。
――「良いとこ取り」はダメですよね。
竹内:だから、それぞれがコストを負担をするなりして、みんなで平等にやりましょう。
前:昔、電力料金は従量で3段階になっていましたね。電力消費量が少ないと単価が割安になって、たくさん使う人は割高にしていた。これこそ、ナショナルミニマムの部分的な名残ですよね。電気をあまり使わない人には割安にしましょう、たくさん使っている人には払ってもらいましょう、と。
竹内:伝統工法の人たちは「僕たちはエネルギーをそんなに使っていません」と言いますが、ちゃんと測ればいいんですよ。測った結果によってこうしよう、となれば、みんな納得してくれると思いますけどね。
三浦:竹内さんがおっしゃったように、ちゃんと測った上で政策決定をすることもそうですし、「北風」的に、エネルギー使用量の多い家庭は税金を高くするのもありでしょう。クラシックカーも車検を通すのは大変だそうですから、車検のようなもので縛るなど、やりようはあると思いました。
建築家だってやらざるを得ない
三浦:伝統的建築物の話題に関連して、竹内先生にコメント欄のご意見に答えていただきたいと思います。「日本建築士事務所協会連合会のコメントが残念だった」というご意見ですが、建築家系とでもいえばいいでしょうか、そこを竹内先生はどう思われましたか。
竹内:私も、昔は同じように感じていましたし、工務店に比べて設計事務所は案件の数が少ない。関わる棟数が少ないから、やろうと思ってもできない、不利だと思っていました。でも、最近は若い建築家が、積極的に温熱のことにも取り組み始めていると実感しています。逆に「できない」「規制はいらない」って言う方は、言い方は悪いですが「今まで通りにやりたいんだ」という印象です。
今は、お施主さんも温熱環境にとても詳しくなっている。「UA値がいくつ、C値がどうだと言われて困るんだ」という人もいるぐらいですから、私はそんなに心配していません。“今まで通りやりたい”人たちの仕事が少なくなっていく、と考えて、放っておけばいいかなと考えています。すごく冷たい話だけど(笑)。
三浦:設計事務所が問題だという話のはテンプレ的な話で、若手が変わっているのはその通りですし、仕事がなくなるならそこはやらざるを得ないから、変わってくるんでしょうね。
前:工務店なら、高性能な部材を使って価格が上がったとしても、その分利益を回収できますが、設計者にとっては難しいのでしょうか。性能向上に対するフィーがあるわけではないし、下手をすると省エネ計算の手間が増えたりする。今のお話を聞いていると、工務店にとっては有利だけど、設計者にとっては不利なのかも、と思いました。
竹内:不利でもないですよ。私が高性能住宅を設計して、それを求める人がやってくるからかもしれませんが、住み始めてからの満足感が大きいです。時々、クライアントともコンフリクトがあることもありますが、一冬すぎると絶対に問題はないですね。かなり自信がありますし、みんな「あなたの言っていた通りにしてよかった」と言ってくださいます。
前:おっしゃる通りですが、例えばG2を義務化したら、先行して高断熱に取り組んでいた人たちが差別化できなくなる問題があるんですよね。みんなが暖かく暮らせることはすばらしいことなんだけど、先行してがんばっていたつくり手の方々にとっては武器を失うことにもなりかねないのでは。
竹内:いやいや、大丈夫ですよ。G3だってありますし。制限がかかればみんな工夫するんですよ。
G2は、そんなに大した基準ではないと思っています。窓を高性能化すればクリアできる。ゼロエネにするのは難しいし、北の地域では付加断熱が必要だったりもするけど、寒冷地の工務店にはG2超をつくっているところもある。先行してやっていた人にはアドバンテージがあるので、性能の次にコストパフォーマンスを追求するとか、いろいろある。全く問題はないと思いますよ。
前:だったら本当にすばらしい。
竹内:最近、イギリス人建築家のノーマン・フォスターの動画を見たんです。環境性能を高めるのは大変ではないか、という質問に、彼は「そういうものを全部含めて、新しいことを提案するのが建築家の仕事だ」ってさらっと答えていて、とてもかっこいいと思ったんです。だから、そんなに悲観はしていません。
あとは、世界標準に合わせるのもいいと思っています。
前:世界標準とは。
竹内:燃費計算とか。みんながゼロエネルギーを目指すって言っているのに、日本だけ今までしなくてよかったわけですよ。
変な言い方だけれど、日本の建築家がヨーロッパで設計する場合、ヨーロッパの基準で設計するわけですから。日本に帰ってくると「やらなくていいんだ」という感じになっているんですよ。
三浦:G2議論というのはありますね。いろいろなやり方があると思いますが、議論が進む中で「G2っていう基準は、よくよく考えるとどうなのか」という声も、今後は各所から上がってきくるかもしれません。
先進的な人たちの中には「G2で決められては困る」という意見もあるような気がしますね。彼らは、G2が義務化基準とされても、むしろそれより上のレベル―快適性能、コスパ、設計力など―を実現できる自信をお持ちで、ビジネスとしては困ることはないのでしょうが、G2が適正なのか、もう少し検討の議論は必要だと思います。
わかりやすいので、僕も「G2でいいでしょう」って言いがちなのですが、G2はベネフィットとして適切なのか、など、その辺は議論がありそうです。前先生、いかがですか。
前:かつてはG1こそコスパが一番いいと言われていましたが、前も言ったように開口部の性能が劇的に良くなったので、G2でも十分なコストパフォーマンスが実現できるようになっています。竹内先生のお話のように、G2も太陽光も、放っておいたら何十年もペイしなかっただろうものが、この10年ちょっとで劇的にコスパが良くなった。しかも、エアコンの台数とかも考えたらもっとお得かもしれない。本当に世の中が進歩したんだと思いますよ。
ただ、その進歩に気が付いていない人がたくさんいる。事実を顕在化させて伝えれば、やらないほうがどうかしていますよ。あとは、ほんのちょっと政策で後押しするだけ。
既に、技術論は超えている。もはや、人間の認知の問題だと思いますよ。なぜやらないのか、やりたいと思わないのか、ほしいと思わないのか、ここはもう一息だと思うんですよね。
>>>次ページ「住宅のつくり手は技術で考えよう」
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