幸せな暮らしを当たり前のものに
前:本題とは直接関係ない話ですが、本来、2030年あるいは2050年、「日本ではこんな風に暮らせますよ」ということを提示するべきだと思うんです。相変わらず、寒い・暑いで困る、とか、電気代に苦しんでいる、なんて状況のままでは話にならない。
解決しようと思えば、大したことない話ですよね。本当の意味での“生きる楽しさ”や“満足感”は大ごとかもしれないけれど、とりあえず寒い・暑い、電気代が高いといった問題は、技術的にはごく簡単に解決できる。
海外から学ぶべきは計算方法や要素技術などではなく「その国の国民はどう暮らすべきか」、第1回でも言ったナショナルミニマムの考え方だと思います。早川和男先生の著書に『人は住むためにいかに闘ってきたか』という本があります。海外の住生活を調査しに行ったら、ドイツで「日本の国民はどんな運動をしているんですか」「どんな国も黙っていれば政府はなにもやってくれませんよ」と言われたそうです。外国(の住環境)は、やっぱり闘って勝ち取ってきたものなんですよね。
日本に足りないのは、“幸せに暮らすのが当然だ”という考え方です。日本人はすぐに「仕方ない、我慢しよう」と納得してしまう。行政や政治家にとっては、すごく都合のいい国民ですよ。「努力しなかったから」「寒いのはしょうがないから」など、とても物分かりがよく、できない人は放っておかれても仕方ないと考える。そこを根本的に変えないといけないですね。
どう国民に暮らしてほしいのか、どういう暮らしや生活を提供するのかがまずあるべき。ちょっと考えればすぐできる断熱、日射遮蔽や設備、太陽光の話はさっさと終わらせて、先に進まなくてはいけない。意味がないのは百も承知ですが、本来は国民が、私たちは幸せに暮らして当然だ、という意識をもっと持つべき。
竹内:私も同感です。意外とみんな「寒いところに住んでも大丈夫だよね」という感覚を持っているんだけど、現実として、ヒートショックによる死者がとても多い県がある。
だから、ナショナルミニマムの考え方は大事。経済的に余裕がない人たちのために、公共住宅の断熱化をしようとすると「あいつらの自己責任だ」という話になること自体が良くない。
前:私もそういう話を聞いたことがあります。
竹内:よくあるんですよ。だいたい議会で、議員が「なんでうちよりも断熱性がいいんだ」と怒り出す。でも「あなたはお金を払っているからいいだろう」っていう話なんですよね。
前:「あなたは暖房費を払えるでしょう」って言えばいいんですよ。お金がある、経済的に余裕のある人はいいですよ。イギリスでは「Fuel Poverty(燃料貧乏)」が問題になっている。そういう人達を、何とかしてあげたい、とみんなが思うべきでしょう。
小山さんには申し訳ないが、ZEHの補助金が、お金持ちが暖かく・涼しく、安い電気代で暮らすためのものになっている問題は、どこかで解消しない限り、不平等になってしまいますよね。
竹内:どこからかは始めないといけないから。
前:そうです。技術革新があれば、補助金にも納得しますよ。補助金を使ったZEHへのチャレンジで、技術が育ったかどうかは検証しないといけないでしょうが、私にはそうは見えない。
部材の普及でコストダウンにはつながったんでしょうか。そう信じたいです。
小山:サッシを中心とした建材の性能向上と、コストダウンへの貢献は大きかったと思います。
前:そうですよね。それは大いなる成果ですよね。その恩恵をみんなに届けるっていうことでいいと思いますよ。
今回は見積りまでやりましたが、開口部のコストが下がれば、全体のコストパフォーマンスは高まる。竹内先生は、寒冷地などは付加断熱までやってほしいとお考えだと思いますが、とりあえず温暖地では、まず窓の性能向上で目一杯頑張る。
竹内:例えば山形とか長野、北海道など、寒冷地はどうなるのか、言い出すときりがないので、今はあえて言わないだけ。当然、寒冷地は付加断熱が必要だと思います。でも、義務化も含めてやった方がいいと思います。
前:断熱や太陽光の義務化において大きな問題になるのは、負担の公平感です。もちろん所得の問題もあるけれど、地域の気候によってもハードルの高さが変わってくるんです。それを、ゼロエネなど一律の基準でやってしまうと、どうしても不公平だという意見が出る。
静岡だったら簡単にクリアできるけれど、山形はどうか、とか。これは冷静に考えないといけない話なんですよね。
竹内:それにはまず全国、都道府県ごとにどのくらいエネルギーを使っているのかを把握しないといけない。人口も違えば、暮らし方も違うし車の量も違う。無理やりひとつの基準でやってもしかたないから、まずエネルギー消費を見る。
その上で「北海道はしょうがないから少し緩くしましょう」なのか、「北海道は寒いからちゃんとやりましょう」なのか。でも、北海道だと断熱材が安くなっていたりもするから「頑張ってください」なのか。そういうことがあって然るべきでしょう。
こういうことを考えたとき、一番大変なのは東京だと思います。土地がない、人口密度も高い東京でエネルギーを減らすために何をするのか。移住しようと言ったって誰もしないような気もするし……。だから、データに基づいて「お前はもう少し頑張れ」とか、「お前のところとカーボン取引をするか」とか考える。デンマークは、他地域とCO2排出量を取引していますね。ああいった話になれば、こっちのためにもなるし、あっちのためにもなる。うまく利用すればいいのですが。
前:今日、ニュースで、電力系統を太くしてより広域で電気を融通できるようにするという話題がありました。コストが何兆円もかかるという話ともセットではありますが……。
だから、地域で頑張ること、気候に適したことをやること、他の地域と連携すること、この3つのベストミックスがあるんでしょうね。その中でなるべく合理的に、みんなが自由に頑張れる、かつ負担は平等に、公平感がある。その辺を冷静に考えつつ、全体としてはいいものにしないといけない。
だからおっしゃる通り「誰が先陣を切ってやるのか」。悩ましいですよね、住宅は一番簡単だと思うんですけれど。
竹内:住宅が一番簡単。ベネフィットを受けやすいし、世の中へのアナウンス効果もあるから。それから、既存の学校などでもやってもらいたい。
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