予備費で仕様を高める
Aさん夫妻から要望したのがフローリングの残材でダイニングテーブルをつくること。夫はこのことへのこだわりが強く、工期中に何度か現場監督に打診していた。
こだわりの理由はコスト削減だ。この現場で用いた床材は30mm厚のアカマツフローリング。幅接ぎして天板とすることが可能な厚みだ。とはいえ実際には残材を利用しても既製品のテーブルと比べてそれほど割安にはならない。床材を接いで天板にした上でテーブルとして組んでいくと大工の作業だけで2日は掛かる。仕上げで塗装を施せばさらに費用はかさむ。
それでも夫のこだわりが強かったため、同社はその要求に応えた。大工の手間賃などは施工中に積み上げていた予備費から捻出し、新たに請求はしなかった。
工期中に予備費を生み出すことは重要だ。現場で設計内容を向上させて建て主の満足度を向上させられるからだ。結果としてクレームのリスクも下がる。同社の場合、造作家具を製作するほか、仕上げ材を自然素材に変えたり、既製品の建具を特注の木製建具に変えることもある。
予備費を生み出すためには設計時点の見積り精度を高める必要がある。精度の高い見積りをベースに効率的な工程を組み、材料を無駄なく使うことで実行予算を抑え、予備費を捻出していく。同社はその手法に長けており、現場で余裕をもって建て主とやり取りできている。
このほかAさん夫妻が現場で要望したのが建て物に近い位置にある庭石の一部を撤去すること。予算調整の都合上、家の前に設けられた日本庭園はいじらない予定だったが、新しい外観が出来上がってきて、庭の使い方などがイメージされてくると撤去したくなることがよくある。「見せるための庭はいらない。いずれウッドデッキを設けたり、菜園をつくったりしたい。そのために邪魔にならないようにしたかった」と夫は話す。
現場対応の重要性
設計段階から現場で決める予定だったこともある。それがリビングと玄関ホールをどこで区切るのかということ。既存の廊下を玄関ホールに含むのかリビングに含むのかを夫は決めかねていた。
同社は建具を玄関寄りに配置し、リビングに既存の廊下を取り込んで広く使ったほうがよいと考えていたが、設計段階では強くは押さなかった。下地が張られて空間のかたちが出来上がり、建具を発注するタイミングになったころ、夫が現場で玄関とリビングのつながりなどを確認し、同社が推していた取り付け位置を選んだ。
設計段階で同社がこの案を強く推薦していればその時点で夫は首を縦に振ったかもしれないが、心のなかに小さな不安が残る。空間がイメージできる段階まで結論を待ち、自分で判断してもらうことで、建て主は心の底から納得できる。結論を急がせないことで工務店への信頼感も増す。
同様に照明器具やコンセントの位置決めについても、下地が張られて空間のかたちが理解しやすくなったタイミングで、Aさん夫妻に現場に来てもらって行った。
現場を見ながら丁寧に説明したのが、前回レポートした過去の増築時に屋根を差し掛けた外壁との取り合い部からの漏水補修だ。問題の部分をすべて撤去し、屋根の掛け方から変えるのが理想だが、工事範囲が広がりすぎて現実的には難しい。そのことを現場監督が夫に丁寧に説明をした。既存の屋根を生かした上で取り合いを板金で処理して水を切るやり方を了承してもらった。
現場ではさまざまなことが起きる。この現場では敷地内に勝手に入ってくる近隣の男性の住人に手を焼いた。その風貌から現場で「落ち武者」と呼ばれていたが、防犯や安全管理上、工事関係者以外が立ち入るのは好ましくない。夫の強い要望もあり、現場監督が現場に立ち入らないようにその男性に話を付けた。
現場での対応に加えてAさんの満足感を高めたのは次世代住宅ポイントの利用だ。60万ポイントのほとんどは家電購入に用いた。55型の大型テレビや充電式掃除機、洗濯機、除湿器のほか新型コロナウィルスの対策として加湿型の空気清浄機を購入した。夫の満足そうな表情からも補助金提案の重要性を改めて感じた。
結果的にAさん夫妻は20回ほど現場に足を運ぶことになった。当初は現場に赴くことを遠慮していた妻も何度か足を運び、夫ともに進行状況や同社の提案内容を確認した。
LINEと現場でやり取りを重ねたことで、Aさんと同社、特に現場監督と夫の間には信頼感が醸成されていった。その結果、工事後半に決めた壁紙やカーテンなどの仕様については「シンプルさと清潔感を大事にしたい」という要望があっただけで、具体的な仕様は同社に一任された。
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