新型コロナの影響で加速したテレワークだが、それ以前からテレワークを含め、社員とともに働きやすい環境づくりに取り組んできた工務店がある。奈良・京都南部で注文住宅、リノベーション、不動産を手がける楓工務店(奈良市、田尻忠義社長)だ。
同社は、結婚や配偶者の転勤をきっかけに退職を余儀なくされる社員を減らそうと、2018年から独自の「テレワーク転勤」制度を開始。社員が配偶者の転勤地に帯同して他府県に移住しても、退職することなく、テレワークで従来通り業務を続けられるようにした。現在、2人の女性社員がこの制度を選択し、ひとりは富山県内、もう1人は京都府内にある自宅でテレワークを行っている。
他府県でのテレワーク 成功させるコツは?
テレワーク転勤の第1号は、設計監理部でインテリアの責任者として働く出原祐子さん。夫の転勤にともない 2018年10月から富山でのテレワークを始めた。
スタートにあたっては、業務内容や連絡手段などを細かく検討してマニュアル化し、時間割や質問時のルールを社内で共有。基本的には富山で在宅テレワークを行い、月1回程度、片道4時間をかけて奈良にある本社に出社するというワークスタイルだ。
富山でのテレワークを始めてすでに2年以上が経過したが、「不都合をまったく感じていない」と出原さんは言う。 テレワークの長期経験者として重要だと感じるのは、(1)業務の手順・やりとりの方法について詳細を決め社内で統一すること、(2)ビデオ会議や電話を使ってできる限り対話をすること、(3)集中力をつけること—の3つだという。とく に(2)の対話について、出原さんは「テレワークをする側がコミュニケーションを積極的にとる努力が必要」だとして、業務時間中はビデオ会議(Googleハングアウト)に常時ログイン。「仕事中の姿をいつ見てもらってもOK」という態度を示すことで、 テレワーク特有の遠慮や壁を生まないよう工夫している。
現場に行けないデメリット克服
一方で、デメリットを感じた場面も。それは、施工現場、完成現場に行って[写真撮影+実測+スケッチ]をする機会が以前よりも減ってしまったことだ。現場の様子はオンラインで確認できるものの、画面だけでは空間・詳細までは把握し切れず、これまで現場に直接行くことで得られていた「提案の幅を広げる」という目的が十分に果たせていないのではないかと悩む時期もあったという。
そこで出原さんは、上司に頼んで、現場で使う部材の理解を深めるためのオンライン勉強会を開いてもらったり、他部署のチェックツールやマニュアルを読み込むことでテレワークならではのデメリットを克服していった。
新人研修もオンラインで
テレワーク転勤の経験とノウハウは、コロナ禍での働き方や人材育成の場面にも生かされている。同社は昨年、8人の新卒社員を採用したが、新型コロナとそれに伴う緊急事態宣言により、入社直後から出社できない状況が続いた。もともと先輩社員が新人教育に積極的に関わる文化が根付く同社には、新入社員の「わからない」をフォローする1000本以上のマニュアル動画、他部署の先輩社員が新入社員の心に寄り添い定期的な面談を行う「メンタートレーナー制度」、時間割に沿った相談タイムやオンライン昼食などの仕組みが整っていたため、オンラインでの新人研修に支障はなかった。
ただし、社内のコミュニケーションに関しては改良の余地があったという。ある社員の提案で開催したオンライン歓迎会では、進行役がいないと会話が成り立たない、新入社員が自発的に話しにくい、退出のタイミングが難しいなど、リアルとは違う課題も見えてきたからだ。
社員の発案から生まれた「おもいやりラジオ」
そんななか生まれたのが、あえてオンラインでのコミュニケーションにフォーカスした社内ラジオだ。発案者は、先ほどの出原さん。出原さんはコンシェルジュ部の中山咲子さんに声をかけ、ふたりがDJとなって進行する「おもいやりラジオ ゆこさこRadio」を2020年5月26日からスタートさせた。
放送日は隔週火曜日の午後7時からで、これまで11回実施(21年1月29日時点、火曜日が休みと重なる場合は曜日を変更して放送)。 「1年目の自分はこうだった」をメインテーマに、先輩ゲストを招いて仕事に対する価値観や入社1年目の経験談・失敗談などを肩ひじ張らずに話してもらう。
社員はだれでもリスナーとして参加可能。新入社員は匿名の相談・質問を事前に送ることができるため、学びや気づきの場であるだけでなく、悩みや不安の解消にもなっている。また、社員の人となり・ 生い立ちを知る機会でもあるため、多くのリスナーは食事会の延長のような感覚で楽しんでいる。DJの中山さんは 「ラジオでの情報が会話のネタになり、それが互いへの興味、業務上のやりとりのしやすさ、トラブル時のフォローのしやすさにもつながっている」と話す。
この社内ラジオへの取り組みが評価され、同社は昨年12月、一般社団法人at WillWork主催の「Work StoryAward 2020」において「コロナ禍をきっかけに変わる働き方テーマ部門賞」を受賞している。
今春12人が入社予定
昨年は採用活動にもオンラインを活用し、「オンラインインターン」制度を実施。採用においては、学生個人のスキルや適性を「見極める」ことはせず、あくまでも楓工務店と学生双方の「マッチング」にこだわる。今年4月には、5次選考を経た12人の新卒社員が入社予定だ。
同社には、テレワーク転勤や社内ラジオのように「社員発」の仕組みが多数ある。それは、社内に発信と挑戦を応援する文化があり、全社員が「働きやすい環境は会社から与えてもらうのではなく、日頃から問題点を見つけ、改善・提案・実践していくことによって自分たちでつくれる」と考えているからだという。
会社側も柔軟で懐が深い。2019年には企業主導型保育園「リールキッズ楓保育園」を開園。コロナ禍でも対策を徹底しながら運営を継続するなど、社員が働き続けやすい環境を積極的に整えている。
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