「社会派建築家」は普通じゃない
野沢:建築って、社会とつながるところでやっと、成果が上げられるって思う。閉じた豪邸、それはいつだってありますよ。だけどもう一方で、社会と本当の意味で接続しつつ、社会が少しずつ楽しくなっていく、それはやっぱり府中みたいな仕事の時で起きたことで、家と家の間で楽しい社会の芽は起きる。
三浦:今、先生の話聞いて思ったんですけど、改めて、先生みたいな建築家って珍しくて、僕は先生が「社会派建築家」だと思ってるんですよ。
建築家や工務店もそうだし、僕みたいな(専門メディアの)ビジネスやってる人間もそうですけど、普通はやっぱり差別化を目指しちゃうんですね。どういうことかというと、他の建築家と違うものをつくって、つまりオブジェみたいなモニュメントをつくって、世に出るとかです。工務店も他の会社と違うものを差別化としてつくって、たくさん売るのか、高く売るのかですね。その差別化っていうところと、社会性って結構イコールにならないことが多くて、それが共有とか、良いコミュニティーをつくるためのものを阻害する部分もよくあるんですよ。それこそ風景なんかその典型ですけども、その時にさっき先生がおっしゃった「ちょっとのスパイスでいい」と言える建築家って、ほとんどいなくて。
それに僕は先ほど「ちょっといいふつう」っていう話をしたんだけど 、木造ドミノ住宅ってまさにそうだし、府中のまちづくりも「ちょっといいふつう」だと思うんですね。それを思いっきり差別化して今の先端にアジャストしようとすると、それこそ1階は食堂にしてみたいな一部の人に刺さるようなまちづくりになっちゃうんだけど、僕はそれだとやっぱり売れないし、工務店の仕事じゃないと思っている。
やっぱりちょっといいまち、ちょっといい建物、ちょっといいコミュニティーをどれだけつくれるか。あるいは(ソーラータウンの家の)2階を普通よりちょっと高くしてみたいな感じで、“ちょっといい”を色んな側面から積み重ねていけるかっていうのが府中のチャレンジだし、それをスパイスみたいな言葉で言った先生のあの言葉、あの発言、いいなと思います。
野沢:僕も建築の設計をしている時にクライアントというか、当事者としての先方が本当にいい人や組織じゃないといい建築はできないっていうのは明らかなんだろうと思っているんです。これは良さそうだと提案をしてもそんなことしないでくれっていう行政やクライアントだってないわけじゃない。こんなコストで、こんなことできますけどって提案しても、それはしないでいいって言われると、こっちも泣いちゃうみたいなことがありますよね。
少しだけでもいいから、提案的なことっていうか、今まではなかったけどこんなことがあったらもっといいだろうと思うことを、建築の中に入れることができたら、その時は嬉しい。たとえば立川市役所の時には、そういう感じのクライアント、市民というクライアントが出てきてくれたから本当に良くなった。一番大事なのは逆にそういうクライアントがいてくれる場所に、僕たち自身が近づくってことだろうなと思いますよね。
この仕事は一度つくったら何もなければ100年もつものをつくっている以上、さっきの話の誰かのためのオブジェをつくるわけにはいかないというのは当たり前で、僕はそう考えてつくる方が、居心地がいいっていうかね。
三浦:本当にそうで、立川もそうだし、この府中もそうだし、先生を支えた学校もそうだし、やっぱり社会性とそれから先生が考えた「ちょっといい」っていうのがミックスされてできた事例が少なくとも1件ある。次のクライアントがそれを基準にさらにちょっと良いものをつくろうと思うっていう連鎖みたいなもので、世の中がより良くなっていくのが理想ですよね。
いきなりすごい理想を見せてもついてこないし、ビジネスとしても成立しない。そこがちょっと前の建築家の理想論と、現実が違うというところの原因になっていて、逆にそこを今みたいな発想で少しずつ強くしていくと思ったら、割と10年ぐらい経ったら、けっこう良くなって、そうだな20年ぐらい経ったら、大きく変わっている予感はしますけどね。
野沢:ほんと期待しましたよね。やっぱり僕たちも良いと思うものを見ることによって、鍛えられているし、実際にそこで生活をされる本人というか、当事者の方々も多分そうだと思うんですよね。やっぱり僕たちはそういうものを見ていただける仕組みを用意する責任がある。僕たちがこんなものがいいと思ってますけど、いかがでしょうか?っていうことを、商業的でなく見てもらう。ちょっとずつそれを理解してもらう。
みんなで少しずつ冒険するってことですけど、ユーチューバーになれっていう話は多分そういう意味だと思いますが、知ってもらうこと、あるいはその知っている人と僕たちがつながるということはすごく大事だなって思いますよね。
迎川:工務店が持っている土地ってあると思うんですよね、資材置き場とか。それで4戸なり6戸なりの、小さなコミュニティーをつくれると思うんですよ。借金して土地を買って仕入れてどうのじゃなくて、今持っていて、空いてるような土地があればそこを利用して少し行ってみるって言うのも、面白いと思うんですよね。
そういう話があればドミノ研究会でもサポートはさせていただけるし、野沢さんが当然1番得意なところでもある。我々の経験も生かしながら、まずひとつ自分の地域につくって、それで皆さんが称賛浴びるかもしれないし、批判もされるかもしれないけど、その地域に営業を広めていくとか、そういう草の根的な活動をしてほしいです。
野沢:でも実際はもう結構されてるんでしょ、それって。ドミノ研究会のメンバーから。
迎川:柴さんがやったね(茨城の柴木材店の「クラスコ倉掛」)。
野沢:あとは埼玉の増木工業さんが分譲した新農住コミュニティー「野火止台」。
迎川:増木さんがやっているものとか、そういう実験。増木さんのは15戸かな。けっこう広い敷地なんですけど。
柴さんのところなんかは、本当に(へた地を購入した)資材置き場みたいなところを利用した。柴木材店の場合はさらに、ドミノ研究会でいつもお世話になっている甲斐哲郎さんと一緒に1年間勉強会を続けて、その成果として社内設計でつくっていったという、ものすごい価値のあることができたし、売れ行きもすごくいい。
そういうふうに人から借りてきたものじゃなくて、自分たちの血や肉にしたもので、挑戦していくっていうのは、また改善しながら第2弾、第3弾に続けることができていいんじゃないかなと思います。
三浦:それでいうとちょっと変な話をしますけど、僕今はマンションに住んでるんですね。もともと伊礼さん設計の家に住んでいたんですけど、訳あって出て、そしたら引っ越し先のマンションのお隣からは毎日ピアノの音が聞こえるんですよ。さっきの話と逆で、ちょっと許容できない頻度なので、文句を言いに行こうかと思うんですけど、隣りの人がもし変な人だったら刺されて殺されちゃうかもと思うと、行けないんですよ(笑)。
何が言いたいかというと、甲斐さんとかがやっているコーポラティブマンションって、コミュニティーが先にできてから、建物をみんなで設計するとか、シェアをする部分もどうやっていくのかを決めていくって手法はいいですね。もしかすると、そっちかもしれない。
野沢:コーポラティブね。
三浦:だから、開かれた分譲地は理想なんだけど、そこに1人異物が入ってしまうと、それだけで嫌なコミュニティーになってしまうこともあり得るので、このコミュニティーなら4点まとまっていいコミュニティーになりそうだっていう人を先に集めるみたいな方が、もしかするとうまくいく感じもします。
野沢:今のお話でいうと、府中の時は「負担がある」っていうところが、価値を共有する人を集めたポイントかもしれないですね。
三浦:逆にハードルというか関所になってね。
野沢:こういう負担がありますけど、それでいいじゃないですか?っていうことが、価値観を共有する人を集めていることになったのかもしれないですね。
確かにゲートコミュニティーみたいのができてくるのは、ある人たちを排除しない限り、そこの中が健全なコミュニティーにならないということが、場合によっては起きる。分断する社会のなかでは、それは結構重要なことになってくるということはある。理想っていうのは、呑気に構築できるわけではないということはあるのでしょうね。
迎川:府中の時にね、都庁でコンペのヒアリングがあったじゃないですか。そうしたらプレゼンの時に、審査員のある人が、「こんなことができるのか、かなり難しいと思うけど、もしこういうまちができたら自分はすごく見てみたい。だから僕はこれに入れます」って言ってくれた人がいたんですよね。全員が結果としてドミノに入れてくれたから実際にそれができちゃったわけですよ。
普段は、みんな頭が良すぎて「それは無理だろう」って先に考えちゃって経済優先で考えちゃうのかな。リスクの多いものはやらないということなのかもしれないけど、我々はそこへ挑戦してみて、結果として良かったなという。
野沢:僕も府中だって今後も問題が何も起きないわけではないと思います。人もいつか入れ替わるわけですよね。今の三浦さんの話のように、大概騒音に聞こえる人が引っ越してくるかもしれませんよね。その時に住民同士、それを負担しているっていうつながりがあるということは、調停する力になるんじゃないかなとは思いますけれども、今のマンションと向こうのピアノのある家との関係と、府中の中での違いというのは、やっぱり重要なことです。
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