ソーラータウン府中の成功にみる
これからの住宅とつくり手の学ぶべきスキル
昨年11月に開催された木造ドミノ研究会の定例会で、建築家・野沢正光さん、全国の工務店に向けて木造ドミノ住宅の監修を行う相羽建設(東京都東村山市)の技術顧問・迎川利夫さん、工務店専門紙「新建ハウジング」を発行する新建新聞社代表取締役社長・三浦祐成の3人が、日本が今抱えている住宅事情について語り合った。その模様を全文掲載する。
野沢 正光(のざわ・まさみつ)
1944年東京生まれ。1969年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1970年大高建築設計事務所入所。1974年野沢正光建築工房設立。現在、横浜国立大学理工学部非常勤講師などを務める。主な作品として「ソーラータウン府中」2020年度グッドデザイン賞金賞、「熊本県和水町立三加和小中学校」第19回木材活用コンクール・農林水産大臣賞の数々受賞。受賞作品一覧はこちら。
迎川 利夫(むかえがわ・としお)
相羽建設相談役、木造ドミノ研究会事務局長、建築プロデューサー。1977年3月に武蔵野美術大学・造形学部建築学科卒業後、マツモト建設、OM研究所を経て相羽建設へ。「東京町家」(伊礼智)「木造ドミノ住宅」(野沢正光)など建築家と工務店が組んだ家づくりを数々プロデュースし「エコビルド大賞」「グッドデザイン賞」など受賞。住宅はつくる事より暮らすことを主眼に考え、少ないエネルギー消費で、安心して永く快適に暮らせる家づくりを提唱。地域工務店だからこそできる、人とまちが「つながる」暮らしに力を入れている。
三浦 祐成(みうら・ゆうせい)
新建新聞社代表取締役社長。新建ハウジング発行人。1972年山形県生まれ、京都育ち。信州大学卒業後、新建新聞社に入社。新建ハウジング編集長を経て現職。
野沢さんと迎川さんは複数のプロジェクトで設計と施工の立場で協業しており、そのひとつが「ソーラータウン府中」(2013年7月竣工、東京都府中市)だ。垣根がなく、家と家の間の土地を互いの庭(コモン)として共有する16棟の分譲住宅が、住民同士の良質なコミュニティーを生んでいる。
豊かな住まい、本来住まいのつくるべきコミュニティーや景観、社会性がなぜ現代日本では失われつつあるのか、そしてこれからつくり手はどうしていくべきなのか、3人が深く語り合っていく―。
迎川:では始めましょう。まずは野沢さんから、今抱えている社会の住宅問題に関する受け止め方を教えてください。雑談的なところから、ざっくばらんに語り合いましょう。
野沢:僕はね、郊外についていろいろと思うところがあって。僕にとっての郊外って、それまで田舎と言われてきた地域が、特に戦後に急速に住宅地へと移り替わっていった場所、という感覚なんですよ。自分自身、幼少期から東京の西の国分寺というところで暮らして、今は、神奈川県の相模原に住んでいます。そんな経験のなかで振り返ってみると、郊外の住宅と住宅地が、どんどん極小化して悪くなっている感じがある。
あるときまでの郊外の中産階級の人々の家には、庭に緑があり、そこに普遍的なささやかな豊かさが日常のものとしてあった。それが高度経済成長とともに、ハコモノとしての家そのものが増大してきている印象。そして土地は狭小化した。それはそれで、経済的な視点から見たら仕方ないことだと思う。正解はひとつだけじゃないかもしれない。ただ、僕のノスタルジア、懐かしい郊外の記憶からは、増大したハコがあふれる郊外はどうもしっくりこない。違和感がある。もう少し、住宅や暮らしに豊かさがあっても良いんじゃないかって思うわけです。
そんな中で、高性能で低廉な木造ドミノ住宅という武器を開発できた「むさしのiタウン」のプロジェクト、それに続くこれも東京都のプロジェクトで、全16棟を手掛けた「ソーラータウン府中」、このふたつのプロジェクトで徐々に自分たちが建築家としてやるべきことの実感を持ってきました。そしてそれが公共(行政)を含めて、社会に徐々に理解されてきた感覚はある。どちらも相羽建設と協働で成し遂げられた仕事です。
迎川:「ソーラータウン府中」はグッドデザイン賞2020のベスト100に続き、金賞(ベスト20)にも選ばれたんですよね。
野沢:そうですね。選定委員は、建築系の人だけでなくデザイナーやプロダクト開発の専門家たちが多かった。建築や住宅関連分野では、いくつも賞をもらってきたけど、今回に関して言えば、自分たちのフィールドではない人々に認められました。
この仕事を通して工務店と建築家が組んで、工務店が主体となり自らの地域に小さなまちをつくるってすごく意義のあることだという実感がある。建売分譲でもない注文住宅でもない、まちを「地域工務店を核としたグループがつくる」という充実感を、多くの工務店の人々に感じてほしい。たくさんじゃなくても何棟かでもいいからまちづくりを視点に考えて、粘り強く取り組んでいけば、相羽建設みたいに、何か見えてくるものが絶対にあるんじゃないかな。ソーラータウン府中みたいなことがあちこちで起きるかもしれない。
まちのことを一番知っているのは、工務店
ピアノの音色が響くまち
野沢:そもそも、本来のまちづくりって、行政なり市町村が、いわば公共がなんらかの関わりを持ってやるべきこと。社会の合意に基づく緩やかなコントロールが楽しいまちをつくる。海外のまちや伝統的なまちなみの美しさはそういうものでしょう。それがいつの間にか「法律を守れば何をしてもいい」状態になっていった。デベロッパーやハウスメーカーが、法という緩いルールの中で、経済性のみに従った住宅を乱立させていった。残念ですね、ちょっと待ってよ、と言いたい。できれば彼らには一旦退場を願いたいのが私の本音です(笑)。
一同:(笑)。
野沢:地域のことを一番知っているのは、その地域に暮らして生きて、そこで商いする工務店でしょう? そして工務店は決してその地域から逃げられない。工務店も家をつくるだけではなくて、ささやかでも良いから「まちをつくる」ということが本来の使命であり、それが仕事の充実に結びついたりしてくるはずだと思うんです。
ソーラータウン府中のアイデアは、言ってみれば住宅の「うら」が「おもて」になった事例だと思う。16戸の住宅のつくり出す家と家のすきまに緑のコモンが広がっている。普通だったら、フェンスで仕切られて、捨てられてしまうような空間である「うら」を、居住するみんなが利用できる長い園路「コモン」にすることで緑が溢れる場所ができた。「うら」を「おもて」に昇華させることができた。園路は家々の間を抜けながら、ところどころ膨らんで広場になって、子ども、住民同士の交流の輪が広がる。まさに暮らしの輪が生まれる場所になった。
それを象徴する印象的なエピソードが7年目にありました。
ソーラータウン府中の住まい手に、グランドピアノを弾いている女の子がいたんです。グランドピアノって音がとっても大きく響きますから、いつもは窓を閉め切って弾いていた。でもある日、うっかり小さな窓を閉め忘れたまま、いつも通りピアノを弾いちゃった。普通だったら、そんな大きな音が漏れ出てていたら「うるさいな!」ってなるでしょう? でも、弾き終わった後に、近所の人たちの拍手があったと言うんだ。この話を聞いたとき、ほんとうにそんなことがあるんだなって、そんなことが起こる住宅地ができたんだって、なんだかとても嬉しくなった。
建築家や工務店って家という「モノ」をくることが仕事。ただそれだけじゃなくて、これからはいかに“コト”を生み出したり、コトに関与できたりするかが重要になってくると思う。極端に言えば、建築家は住宅をつくっても、建ててそれっきりでしょう。多くの場合、住まい手がそこでどのように暮らしをしているかは知らないし、想像もしない。そこにどんな四季があって、その家やまちなみがどのように変化しているのか想像もしないでしょう。11月の夕方、夕暮れ時に窓から差し込む光を想像したことがありますか? そこまで考える建築家や工務店の方がたぶん少数派でしょう。ましてや、まちづくりを考える、なんてもっと少ないでしょう。
でもね、私たちの仕事ってそこで終わりじゃないはずなんですよ。コトをつくるのが、本当の仕事のはず。振り返ってみると、ピアノの話に表れているように「ソーラータウン府中」での仕事は成果としてウルっとするくらいに楽しかったし、やりがいがあった。これは長く地域の面倒を見ることのできる工務店だからこそできる、コトのひとつだと思う。これからのささやかな都市計画の役割を担うのは工務店じゃないかな。
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