新建ハウジングが運営する工務店向けオンライスクールサイト「チカラボ」から、工務店の経営者や実務者に役立つ記事をお届けします。
今回は、Livearth(リヴアース)代表・大橋利紀さんの「スモールエクセレント工務店 地域工務店経営における「次世代経営戦略」~コロナ期とその後の世界を生き抜くために~」ルームからの記事です。
岐阜・愛知・三重を商圏に家づくりを手掛ける工務店、Livearth(リヴアース)の代表。2014年にドイツ・スイスにてエコロジー建築を学び、日本版のエコロジー住宅の模索を決意。2016年・自立循環型住宅研究会アワードにて最優秀賞受賞。2018年・新ブランドLivearth(リヴアース)立ち上げ。2019年・東京大学開催「パッシブ委員会シンポジウム」登壇、本質改善型リフォーム独立ブランド「リヴ・リノ」設立。2020年・新モデルハウスを着工。地域の風土を生かした普遍的なデザインと、「心地よさ」を見える化する高性能を兼ね備えた家づくりを理念としている。
工務店Livearth(リヴアース)代表の大橋利紀です。前回、この連載のタイトルにもなっている「スモールエクセレント」の定義について説明させていただきました。なぜ、我々地域工務店が「スモールエクセレント工務店」を目指すべきなのか、それが顧客である生活者に対し、どのような住まいの価値を提供することにつながっていくのか。前回分からぜひ読んでください。
今回はスモールエクセレント工務店を目指すのに必要な企業哲学(企業理念、ビジョンとも)の考え方について、説明していきたい思います。
事業規模と仕事の意義
企業哲学を考える前提として、事業規模と照らし合わせるべきだという考えもあるかと思います。事業規模をどのように設定するかは経営者にとって常に悩ましい問題です。利益を最大化するためには常に事業規模を拡大していくことは企業として正しいことです。
しかし、成熟期を過ぎ、衰退期に入った住宅業界においては拡大だけが正解ではなく、多様な価値観のもと、答えは一様ではありません。今回のコロナショックの経済危機で、あらゆる業種で母体が大きく固定費の大きい企業のダメージが大きくなっています。非常時は固定費が少なく、小回りの利く小規模な企業の方が迅速な対応と延命するための資金が少なくて済みます。まさに「Small Is Beautiful」です。
そして、事業規模だけが経営者としての生きた証ではありません。やりがいのある仕事を目の届く範囲で堅実に積み重ねることも一つの選択肢かもしれません。
仕事を通じて「何を成すのか?」、経営者として「何を実現するのか?」。経営者としての哲学がある上で、事業規模を設定する必要があります。
マーケティング=顧客の問題解決?
「マーケティング=経営」であり、「マーケティング=顧客の問題解決」と言われます。顧客を取り巻く環境や状況が常に変化するので、顧客が抱える問題も常に変化する。それに対応していく型のことをビジネスモデルと言います。この考え方を「問題解決型思考」(もしくは「課題解決型思考」)と言います。
スモールエクセレント化を進める場合、実はこの「問題解決型思考」では片手落ちです。もしくは「問題解決型ではない思考」の部分がより大切になってきます。お客様(顧客)がまだ気づいていない部分の価値観を提供することで付加価値を生み出し、お客様の満足度を向上させることで、結果的に、終わりなき値下げ競争から抜け出し、適正な価格で取引も可能になります。この思考を「価値提供型思考」と言います。この部分を一点集中で高める実践が、スモールエクセレント化に不可欠です。
しかし感覚的には、一次元上の階層に上がるぐらいの高め方をする必要があります。例えば、「窓から外が見えれば気持ちいいだろう」というレベルから「心動かすほどの感動のある風景の切り取り方をしよう」といった思考の切り替えです。これは一例ですが、この場合それを実現するためには、窓の高さ・大きさ、周りの壁の余白、どこを見せどこを隠すのか、窓からの距離感、性能的・構造的な問題など、すべてをトータルで総合的にデザインする必要があります。
また、「価値提供型思考」には、文化や価値観の浸透と共有が重要であり、論理的な説明に裏付けられた、「心を動かす感覚的な要素」の身体的な体験が不可欠です。
ブランドとは、他とは違う個性であり「個人の主観」からくる哲学
企業の成長ステージは4段階に分けることができ、「創業期」→「成長期」→「安定期」→「発展期(事業継承期)or衰退期」と進みます。各段階の期間は企業ごとに異なりますが、5~10年スパンというイメージがあります。各段階でやるべきことと出来ることは異なってきます。
企業哲学は、特に創業期や成長期に内的に存在するべきものであり、多くの場合、「個人の主観」からくるものが多いと感じます。またその主観とは、個人の身体性を伴った体験によって形成されるのではないでしょうか。
重要なのは、それが企業ブランドの核になっていくことです。
筆者の経験(ココシャネルと列挙するには気が引けるが)を参考までに少しお話します。
振り返ってみれば10代後半から20代前半の時期(大学在学中)に、バックパッカーとして海外を放浪した体験が原体験となり、モノを生み出す際の良し悪しを判断する場合の論理的でない部分(直観的・感覚的な部分)の拠り所になっていることに気づきます。
体験としての例を数点あげてみます。モロッコの砂漠の町ワルザザートで外気温40℃近く、差すような強烈な日差しの中、日干し煉瓦でできた建物の内部は、暗く、空気はひんやりとしたもので、ひと時の安息を得ることができました。日本とは異なり、温度も光も内外のコントラストがとても高く、陰翳と即物的な空間の力強さが印象的でした。また、夜のパリ、場所はルーブル美術館のカレ広場(9.11の同時多発テロ後、夜は入れないようですが)、ルネサンス期の宮殿建築に囲まれた広場で、建築の素材はパリの地下より掘り出された白い石灰石、地面はレンガ敷。季節は9月でしたが、湿度が低いため夜は上着がないと寒いほど。人通りも疎らな中、バイオリンを弾いている人がいたり、歌を歌う人がいたりとさすが芸術の都というだけあってどれもプロ顔負けのレベル。建物を照らすぼんやりとした灯と各自持参の床置きランタンが散らばり、人々の顔がなんとなく見えるぐらいのあかりで、少し肌寒い清んだ空気感のなかで音楽を楽しみました。これは暗いことと心地よいことが結びついた瞬間でもありました。
これらは、「素材」「光と影」「温度」「湿度感」「におい」「音」などが織りなす空気感のようなものを、身体性をもって体感した経験になったといえるでしょう。
また、この体験に大切なのは「場所と素材の必然性」にあります。この内容については今後の記事にて詳しくお話します。
ウィズコロナの時代では、特にDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速し、あらゆる体験がデジタルに置き換えられると言われています。そのような中で身体性を伴う経験は貴重で贅沢なものとして扱われていくことになるでしょう。
弊社Livearthでは、この身体性を伴う上質な空間体験を大切にしています。晴れの日も雨の日も寒い日も暑い日も繰り返す日常が特別な体験になるような住まいを目指しています。例を挙げると「シトシトした梅雨の雨音や濡れた植物の濃い緑、屋根から落ちる雨粒」「曇りの日、日常の暮らしのなかでふと目にとめる、木製窓で切り取られた日本ならではのグレーの風景」「夏の強い日差しと生命力溢れる庭の緑と深い庇が落とす濃い影、その風景を大開口の窓越しに涼しい室内から楽しむ休日」などです。
次回は「企業哲学 ②」として、引き続きスモールエクセレント工務店を目指すのに必要な企業哲学(企業理念、ビジョン)の考え方について掲載いたします。
次の記事:
→【第3回】文明化の終焉と住宅業界〈企業哲学②〉
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