住宅・建築業界の実情に詳しい弁護士の秋野卓生さんは、住設機器の納期遅延問題が改善へと向かう一方で、新型コロナウイルスの感染拡大により、微熱のある社員を休ませたり、大工の出社日数を減らしたりする対応など、「新しい事情に伴う工期遅延に関する法律相談」が出てきているという。住設機器の納期遅延による問題と同様に、「不可抗力」として工務店の責めに帰すべき事由はないと解釈できるか、秋野さんの見解を示す。
住宅業界における工期変更の必要性は、今までは、住設機器等の納入遅延問題がメインでしたが、状況は改善されつつあります。住設機器メーカーにて、過半の設備について納期未定でなく、納期の長期化という状態になり、これから着工する物件については、住宅設備機器の納品が必要となる数カ月先であれば、現時点ではほぼ納期回答が出つつある状況に変化してきました。
他方で、日本国内における新型コロナウイルス感染症拡大を受け、微熱が出ている社員に会社を休ませたり、大工の出社日数を減らしたりすることで起こる業務効率低下による工期遅延といった課題や、職人の家族や濃厚接触者が新型コロナウイルス感染症に感染したことが判明したため、自宅待機を余儀なくされ、当該建築現場での作業ができなくなったことによる工期遅延の問題に関する法律相談事例が出てきております。
この場合、新型コロナウイルス感染症による現場の影響として、住設機器の納品遅延問題と同様に「不可抗力」として住宅会社の責めに帰すべき事由はないと解釈することができるのか?という論点について、今回、解説をしたいと思います。
1 不可抗力とは
不可抗力の例としては、地震や洪水等の天災、戦争、騒乱等が挙げられます。その判断基準は、外部から生じた原因であり、かつ防止のために相当の注意をなしても防止し得ない事態であると解されています。
中国における新型コロナウイルス感染症の感染拡大、春節期間延長の影響により住宅設備機器等が納期未定の状況にあったという従前の論点は、住宅会社・工務店の責めに帰すべき事由はなく、不可抗力と評価できました。
しかし、感染症拡大の問題は、新型コロナウイルス感染症だけでなく、従前から重症急性呼吸器症候群(SARS)や新型インフルエンザの流行などの経験もあり、新たな感染症の流行による従業員や取引業者、職人の感染等によって自社の事業継続に支障が生ずることや、取引先からの納品や工事が遅延するリスクは予見し得る事態であるとして、それに対するバックアップ体制を構築していなかったこと、それ自体が「責めに帰すべき事由有り」と評価される可能性も否定できないのです。
2 秋野説
私は、新型コロナウイルス感染症の流行が、これまでの他の感染症の流行と比較して想定外の規模になっており、職人の家族や濃厚接触者がコロナウイルス感染症に感染したことが判明したため、自宅待機を余儀なくされ、当該建築現場での作業ができなくなったことは、やむを得ない事情であり、この場合の工期遅延は不可抗力に該当すると考えます。
他方で、微熱が出ている社員に会社を休ませたり、大工の出社日数を減らしたりすることで起こる業務効率低下による工期遅延は、不可抗力とまでは言い切れず、お施主さんに事情をお話しして納得してもらい、合意の上、工期変更をしてもらうことが妥当であろうと考えています(合意に基づく工期変更)。
3 請負契約約款における工期変更の条項の解釈
請負契約において、一定の事由を不可抗力事由として列挙した上で、それらの事由による債務不履行については、「住宅会社は工期遅延の責任を負わない=ノーペナルティー」にて工期変更を求められる旨を定める工期変更の条項が置かれている場合には、この契約約款に基づく工期の変更を検討することとなります。
匠総合法律事務所が推奨する工事請負契約約款では、第11条に規定があります。
1 受注者は、次の各号の一によって、工期内に工事または業務を完成することができない場合は、発注者に対して、工期(設計業務、監理業務の実施期間の変更を含みます)の変更を求めることができるものとします。
(1)工事または業務に支障を及ぼす天災地変、災害、天候の不良およびこれらに伴う建材等の納品遅延
(2)建築確認、所轄行政庁の許認可、検査等の遅延
(3)各融資手続き等の遅延
(4)第9条(工事の変更・追加)・第14条(一般の損害)第2項・第15条(第三者の損害および第三者との紛議)・第16条(不可抗力による損害)に規定される事由に該当する場合
(5)第22条(発注者の中止または解除権)第1項・第23条(受注者の中止または解除権)により中止された場合または中止された工事を再開する場合
(6)前各号に定めるほか、発注者の指定業者による工事遅延その他受注者の責めに帰することのできない事由により工期を変更する合理的な理由がある場合
2 前項その他の理由により工期を変更する場合、発注者および受注者は、発注者および受注者の署名または記名・押印のある書面を作成して、必要事項を定めるものとします。
今回の新型コロナウイルス感染症拡大の影響による工期変更の必要性は、不可抗力に該当しないケースであったとしても、「(6)前各号に定めるほか、発注者の指定業者による工事遅延その他受注者の責めに帰することのできない事由により工期を変更する合理的な理由がある場合」に該当すると考えており、同条項に基づき、施主に対して、工期変更の要請をすることは可能であると考えております。
4 バックアップ体制構築の重要性
もっとも、最新の法律論文では、「例えば、運送業者が新型コロナウイルス感染症による人員不足を理由に、指定された期日に製品を配達することができなかったために、製品の引き渡しが遅れたというケースであれば、当該不可抗力事由の内容にもよるが、新型コロナウイルス感染症の流行の規模・社会への影響の程度のほか、その他の運送業者に委託することで遅滞を回避することができたか否か、当該運送業者を指定したのは債権者と債務者のいずれであったか等の事情を吟味した上で、免責の可否が決せられることになると考えられる」と記述されているものがあります(商事法務No.2226、P43)。
従って、リスクを想定して取引先の範囲を広げる、大工、職人とのパイプを強化するなど、バックアップ体制の構築も重要な課題であると言えるでしょう。
基本的には、「当社でできる限りの努力は致しましたが、やむを得ず工期が延長になります」として、契約上の工期変更の条項に基づき、施主に説明をして、工期変更の合意を取り交わすことが、トラブル回避の観点からは重要であると考えます。
匠総合法律事務所代表社員弁護士として、住宅・建築・土木・設計・不動産に関する紛争処理に多く関与。2018年度より慶應義塾大学法学部教員に就任(担当科目:法学演習(民法))。管理建築士講習テキストの建築士法・その他関係法令に関する科目等の執筆をするなど、多くの執筆・著書を手掛ける。一般社団法人日本建築士事務所協会連合会理事・法律顧問弁護士。一般社団法人住宅生産団体連合会消費者制度部会コンサルタント。
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