既存の建物を長く大切に使っていくストック時代への転換が求められるなか、家守りやまち守りに関わる「困り事」解決の一環として、工務店が住宅や木造以外の仕事を手掛ける場面が増えていくのかもしれない―。
東京・浅草(台東区)で、喫煙具のパイプを製作する工房が入る築56年のRC造ビルの一部を、オーナーの希望にあわせて構造補強した長谷川順持建築デザインオフィス(東京都中央区)の事例から、その可能性と対応策を探る。
長谷川順持建築デザインオフィス代表の長谷川順持さんは、住宅リノベーションの実績を買われ、世界中にファンがいる創業80年のパイプメーカーの経営者で同ビルのオーナーから「ビルの構造補強ができないか」と相談を受けた。同オーナーとは以前から、江戸文化の愛好家仲間として親交もあったという。
地下室があるビルはRC造4階建て。地下室と1・2階の3フロアが工房で、3・4階は海外からの研修生が滞在できるスペースとなっている。オーナーは、生産力強化のため1階に重さが2tを超える加工機械の導入を決めたものの、「地下室で作業する職人の安全性を考えると、補強が必要ではないか」と長谷川さんに相談を持ちかけた。
現場を見極め施工方法を選択
引き受けた長谷川さんは当初、1階床の荷重を支える地下階天井の既存梁を補強するオーソドックスな方法を想定。だが調査を進めるうち、地下の工房には大小さまざまな木工機械が所狭しと並び、さらに天井部分には電気配線や集じん用ダクト、給排水管など、ビル全体の主要なインフラ設備が縦横に走っており、これらを切断すれば全ての機能が停止してしまうことに気づいた。
そこで長谷川さんは、新設する地下階天井スラブの下面から約30㎝下がった位置に、床の水平面に効かす補強梁をかけ、この間隙で配線・配管との干渉を全て避ける手法をとった。新設の梁上部に市販のジャッキ6本を張力がかかるように据え、機械を設置する1階の床面約4㎡分の荷重を分散。これにより1階床は導入する機械の重量の2倍にあたる約4t分の荷重にまで耐えられる構造となった。
長谷川さんは、補強により既存の建物構造に過剰負荷がかからないようにも配慮。図面記録をたどっても柱・梁の配筋状態が分からず、劣化状態も把握できなかったため、強度を唯一信頼できる地下外壁面にアンカーボルトでH形鋼材を固定した。外壁に面しない反対側の梁材は、既存の躯体と強固に結ばず、上部からの全荷重を斜材と柱材から地下床版へと伝達させる自立フレームとした。
工期短縮とコストダウンを実現
補強計画は、長谷川さんが構造設計者の三好敏晴さん(造研設計・代表)とともに、生産現場の工場長と対話しながら決めた。構造計算による定量検証は三好さんに依頼した。
施工は地元工務店・辰に依頼。構造部材は、工場プレカットされた一般的なH形鋼材を中心に用いた。作業者2人で持ち運びでき、エレベーターがないため、1階から地下階へ階段を使って搬入できるように、長さは2.6~3m以内(1本約60kg以内)に。短材の組み合わせによる構法は、コストダウンの効果ももたらした。現地施工は、4人の作業員が2日間で完了。総工費は調査・設計費を含めて250万円を下回る低価格に収めることができた。コストだけでなく生産の現場に長期的な影響を及ぼさなかった点も、オーナーから高く評価された。
デザイン壁画も引き受け
長谷川さんは工事だけでなく外壁のデザインも引き受け、大小さまざまなパイプを描いた。「一般の人には馴染みの薄い「パイプ」のフォルムの美しさをもっと広く知ってもらおう」と長谷川さんが提案した。設計図と全く同じ縮尺比率で長谷川さんがドローイングを行い、色と文字で別々の塗装職人に施工を依頼した。
「住空間を設計、施工する専門家にとって、まちに住み働く人の生活価値向上につながる仕事は多数存在している。本業の技術を生かして、小さな課題を解決するところから、自社ブランドを築くこともできる」と長谷川さん。特に老朽化したビルの耐震・構造補強は大きな需要を感じており、自社の強みを活かした提案を今後も続けていくという。
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