第12回 日本式経営こそがインバウンド・マーケティング
「経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。初回は高橋社長の自己紹介と今の経営手法に至った経緯を紹介していただく。
(編集部)
リスクとチャンス
1年間にわたって書き綴った、原理原則に基づいた実践型マーケティングマネジメント論も早いもので、今回で最終回となりました。原理原則(=当たり前のこと)を書き連ねて、読者の方に対して新味がなくて申し訳ないと思いながらも、歴史を振り返っても奇をてらった策は長続きすることはなく、また急激な情報革命が進む激動のこの時代、あらゆることが白日の下に晒され、嘘、誤魔化し、小手先の取り繕いが全て暴かれ、ネットの上で拡散された悪評は二度と消えることなく永久に残り続ける今の時勢を考えると、誰もが正しいと感じる原理原則を見直して本質に立ち返る姿勢は非常に重要で、工事品質から労働環境までいろんな意味でグレーゾーンのままやり過ごすことが多かった建築業界は、そろそろ本質へのパラダイムシフトが必要だとの思いで、1年間書き続けました。
また、前号でも書きましたが、恐るべきネット社会は良くも悪くも情報が拡散します。私たちのようなスモールビジネスにとっては、マスメディアの効果が薄れオウンドメディアを活用してSNSで自社の情報を拡散できる時代への変化は、リスクと共に大きなチャンスをもたらしてくれました。ユーザーに伝えるべき価値(ベネフィット)をしっかりと発信することができれば、消費者への強制介入であるチラシなどの宣伝広告に頼ることなく、興味を持ってくれた人のみを集客する術を手に入れることが出来るようになったのです。
インバウンドするべきは何か?
ブログやSNSによる情報発信での集客は、「売り込む」から「見つけられる」への転換であり、自社独自の強み、内なる価値を研ぎ出し露出することで未だ見ぬ潜在顧客への影響力を高めることができます。内から外へというインバウンド・マーケティングの基本的な考え方ですが、重要なのはユーザーにとって価値がある、知ることによってメリットがある情報でなければ発信する意味が無いということです。ベンジャミン・フランクリンの語録に『読むに値するものを書くか、書くに値する事を行いなさい』という厳しい言葉がありますが、見るに値しない情報発信では単なる時間の無駄になりかねません。では、インバウンドするべきは何か?
これまでは施工例やデザイン性がわかるいい感じの写真、お得な金額などの情報をホームページに掲載することが主流とされてきました。しかし、創業間もない事業者が自社の施工例がないからとフランチャイズに加盟して他社の施工写真をまるで自社の物件のようにホームページ(HP)に掲載したり、掲載している坪単価と実際の見積もりが全く違っていたり、悪徳訪問販売と言われる会社のサイトに立派な経営理念が掲げられていたりと、フェイクニュースの蔓延と共にインターネット上に散らばっている情報の信憑性も疑われ始めて、リアルな情報への要求が高まっていると感じます。もっとリアルな、信頼を寄せてもらえる情報発信を考えた時、これまでのHPのみの情報の羅列だけでは頼りなく、ブログやSNSを駆使した積極的、能動的なリアルタイムの発信の必要性を感じずにはいられません。ただ、あくまでも留意すべきはその内容です。
100年企業が10万社、驚愕の国に伝わる在り方
新築着工棟数は右肩下がり、リフォーム市場は大して市場規模が拡大する訳でもないのに新規参入企業が増え続けて消耗戦の様相を呈しています。そして再来年に迫った消費税増税はもし実施されれば間違いなく長期間にわたって市場を凍りつかせます。そんな中小零細企業淘汰の時代を前に、私たちはユーザーに一体何を伝えるべきか? その問いに対する解を得る大きなヒントは世界で最も長寿命企業が多い日本に古くから受け継がれて来た価値観や考え方にあるのではないかと思っています。
日本には個人商店などを含めると100年以上続く事業所が10万社を超えると言われます。そして何代にもわたって事業を継承してきた企業のほとんどは職人気質でものづくりに携わっており、時代の変化に対応しながら短期的な収益に囚われず、人を育て、地域社会に必要とされるポジションを堅持して来たのです。そんな幾多の荒波を乗り越えてきた長寿命企業の根底にある価値観は、近江商人の三方よしに象徴される「在り方」を正し、伝えることであります。職人起業塾の中で「在り方」がマーケティングの出発点であると伝えている所以でもあります。
ジョン・F・ケネディ元アメリカ大統領が尊敬する人物と評して世界的に有名になった、上杉鷹山公が残された『伝国の辞』はトップがパラダイムを変えて経済を立て直した例としてあまりに有名ですが、国家は子孫のもの、人民は国家のもの、君主は人民の為のものという、それまでの封建制度を真っ向から覆す在り方を藩主が明確に打ち出して、率先して倹約に努め、愛情を持って領民と共に産業を起こして破綻しかけていた米沢藩の財政を立て直したのは全て「在り方」から発現した効果に他なりません。江戸時代と現代、世は違えども人の心、根底にある価値観はそんなに変わっているとは思えません。「今だけ金だけ、自分だけ」のパラダイムを持つ人に、誰も仕事の依頼をしたいとは思いませんし、逆に「未来に、意義のある、利他の精神」を持ちながら事業に励む姿に反感を持つ人はいないでしょう。
『7つの習慣』の著者、フランクリン・R・コヴィー博士が大の親日家だったのは有名な話ですが、そのマネジメント論も、ジェイ・エイブラハムのマーケティング体系も本を質せば日本的価値観に基づいており、私たちが学んできたマーケティング思想は実は逆輸入だと言っても過言ではないと思っています。
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