第11回 工務店にとってのリスク・リバーサルの本質
「経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。初回は高橋社長の自己紹介と今の経営手法に至った経緯を紹介していただく。
(編集部)
卓越したポジション
前号ではマーケティングの構築に欠かすことができないポジショニングとセグメントについて書き進めました。特に私たちの様な地域に根を張り、地域の人を雇用し、地域住人にサービスを提供する中小零細の工務店にとってポジショニングは非常に重要なファクターであり、地域と共生する『あり方』を鮮明に打ち出して認知されることによって、顧客にとってかけがえのない卓越した存在になる入り口と言って過言ではないと思っています。京都の漬物屋さんに代表される小さくても長年継続し続けることができる日本式スモールビジネスの成功例は地域に溶け込み、地域の一員としてその需要に合わせて自社の供給量をちょうどいい規模にすることで100年、200年と続くビジネスモデルを作り上げてきました。規模拡大ではなく、存続し続けることに価値を置くならば、企業の立場と市場限定を明確にすることがまず一番初めのステップではないかと思っています。私がマーケティングは在り方から始めると言い続けている所以です。
弊社の経営理念では「ものづくりの本質、作り手を守り、育て地域社会に貢献する」と掲げております。もちろん、顧客が狭い意味での地域社会となりますが、最も身近な地域とは社内であり社員とその家族だと常々内外に向けて言い続けています。CSよりもESを優先するというと少し違和感を覚えられる方もおられるかもしれませんが、ポジショニングを明らかにして、セグメントを狭いところから徐々に広げていくというマーケティングのセオリーを鑑みると珍しいことでもなんでもないと思っています。
攻と守
前号では、江戸商人の教えを元にLTV(顧客生涯価値)を享受することで、販促反響による競合他社との新規客の獲得競争ではなく、紹介・リピートによる安定的な受注を得ることができること、そのために必要な工務店としての立ち位置と市場限定、自社独自のマーケットとも言えるコミュニティーを形成する為の経営資源の掘り起こしについて書き進めました。世界で最も長寿命の企業が多い国である日本ならでは、経営・マネジメントでは温故知新の概念が大きな効果を発揮すると思っています。顧客リストをフル活用して、全く売り込みをしなくても信頼に裏付けられた顧客から次々に注文を得られるようになるのはマーケティングの一つの理想ですが、とはいえ、新たな顧客とのご縁を繋ぐことが出来なければ徐々に衰退してしまうのも事実。ぬるま湯のブルーオーシャンにどっぷり浸かり切るのは変化の激しい現代においては自社のサービス、商品の陳腐化を招きかねません。競争原理の中にもある程度の重心を残しつつ、常にブラッシュアップを意識して競争に勝てる実力を保つことが既存顧客に提供するバリューにも繋がると考えています。そしてビジネスに限らず、ゲーム、勝負事の全般において競争に勝つにはオフェンスとディフェンスの両方が必要で、そのバランスが崩れると思わぬところで足を掬われて負けを喫するものです。マーケティングは攻めのコンテンツを考えることが多いですが、今回は防御、リスク・リバーサルについて考えてみたいと思います。
情報革命とリスク回避
情報化社会への革命とも言えるほどの大きな時代の変化は消費者の意識を大きく変えました。これまでマスメディアから一方的に流される情報に頼るしかなかったのが誰でも情報の検索が出来るようになり、SNSではこれまでとは全く違う新たな視点からの情報発信を見ることができます。私達の様な中小零細企業にも情報を発信すれば消費者の目に止まる可能性が生まれたのは喜ぶべきことではありますが、同時にウェブ上に流れている情報に騙される危険性も高まりました(中にはフェイクニュースに代表される悪質なものもあります)。悪徳訪問販売の会社のウェブサイトを見ても立派な経営理念を掲げてあることを鑑みれば手放しで喜べない部分があることも否めません。
結局、玉石混交の情報過多の時代では何を信じれば良いか分
からなくなり、考えることが面倒になった時点で人は無難な選を行います。代表的なのが圧倒的な宣伝、告知を背景にした大企業=安心という構図で、小規模事業者へのリスクを回避する傾向が強まるのではないでしょうか。
実際は大手ハウスメーカーでの家づくりは私達の様な地場の工務店が施工を行いますし、規格化されたプランの中でパターン変更の様な設計で千差万別の人それぞれの暮らし方に焦点が合うのかは疑問です。何より莫大な宣伝広告費と総合展示場での営業経費が住宅の費用に上乗せされて高価格になってしまうのは冷静に考えると随分と馬鹿げています。もの作りであるはずの建築が物売りのプロである販売会社によって大きなシェアを握られているのは釈然としませんが、それでも、それを安心を買う費用だと考える消費者が多いのが現実です。
購買の価値基準に立ち返れば
そんな大手企業に対抗すべく、私たちも小さな企業なりに自分たちの強みを見出し、磨き、声高にアピールを行います。しかし、一般消費者目線で見たときに大手企業と中小零細の事業所を強みで比較すると私たちが声を張り上げるほど陳腐に映るのではないでしょうか。弱い犬ほどよく吠えると言いますが、住宅のみに限らず高額商品を購入する時のそもそもの価値基準が安心・保証だとすれば、資本力の脆弱な小さな会社が、自社の信頼性を大きな声で叫ぶほど消費者の目には怪しく映る可能性もあると認識するべきだと思うのです。
では、どうするべきか? その解は人の購買行動の本質に判断基準を引き戻すことだと思っています。よく耳にするデータですが、住宅産業研究所が行った「契約した住宅企業を選んだ決め手は何か」というアンケートによると、
1位 耐震・耐久・省エネ等の性能が優れている
2位 営業マンの人柄・態度
3位 外観やインテリアのデザイン
とのことです。この結果から見れば、性能を担保できる一定の技術的な知識、施工力の水準を満たして、信頼に値する人が窓口を務めれば事業所の規模はそれほど重要視されないことになります。
そして人を攻撃する時、人は意図せず欺瞞に陥りやすく、嘘でなくても他社の欠点を大げさにあげつらいがち。情報提供な
らいいですが、他社の悪口を聞くのは聞いている人にとって気持ちの良いものではありません。自社の強みとともに、正直に弱みを先に公開した方が人柄として好意的にとらえられ、耳触りの良いことばかりを並べ立てるより信頼性は高くなると考えています。住宅業界の競争原理の中において勝つには周囲から信じられる人物像になるべき。正直で真摯な態度をもちながら、前回書いた顧客の立場に立つことができる構造的なポジショニングを伝えることで、本来購買でなく家づくりのパートナー探しである建築工事の依頼先を選ぶ判断を本質的な価値基準に引き戻せるのではないでしょうか。
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