第10回 埋没した経営資源を掘り起こせ
「経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。初回は高橋社長の自己紹介と今の経営手法に至った経緯を紹介していただく。
(編集部)
卓越したポジション
前号ではマーケティングの構築に欠かすことができないポジショニングとセグメントについて書き進めました。特に私たちの様な地域に根を張り、地域の人を雇用し、地域住人にサービスを提供する中小零細の工務店にとってポジショニングは非常に重要なファクターであり、地域と共生する『あり方』を鮮明に打ち出して認知されることによって、顧客にとってかけがえのない卓越した存在になる入り口と言って過言ではないと思っています。京都の漬物屋さんに代表される小さくても長年継続し続けることができる日本式スモールビジネスの成功例は地域に溶け込み、地域の一員としてその需要に合わせて自社の供給量をちょうどいい規模にすることで100年、200年と続くビジネスモデルを作り上げてきました。規模拡大ではなく、存続し続けることに価値を置くならば、企業の立場と市場限定を明確にすることがまず一番初めのステップではないかと思っています。私がマーケティングは在り方から始めると言い続けている所以です。
弊社の経営理念では「ものづくりの本質、作り手を守り、育て地域社会に貢献する」と掲げております。もちろん、顧客が狭い意味での地域社会となりますが、最も身近な地域とは社内であり社員とその家族だと常々内外に向けて言い続けています。CSよりもESを優先するというと少し違和感を覚えられる方もおられるかもしれませんが、ポジショニングを明らかにして、セグメントを狭いところから徐々に広げていくというマーケティングのセオリーを鑑みると珍しいことでもなんでもないと思っています。
ポジショニングの構造化と江戸商人の教え
顧客に対して地域で共に生きていく立場を明確にすることで大手ハウスメーカーや分譲住宅の販売業者とは全く違うスタンスに立つことができます。例えば住宅ローンを組んで新築住宅を建てる際、絶対に無理のない余裕のある返済計画で家族との暮らしを楽しまれた上でしっかりと貯蓄をしてもらいたいと私たちは考え、建築資金を抑え自らの首を絞める事になったりもしますが、返済に無理のない資金計画提案を行います。それは15年、20年後にメンテナンスや住まい手のライフスタイルが変わった際の改装工事の受注につながるからで、お施主様の幸せな暮らしは私たちにとって未来の受注の確保であり、そこに利益の相反はありません。しかし、大手ハウスメーカー、分譲専門の不動産会社、銀行などは、販売契約が結べたらいい、融資が実行できればそれでいい、と、住まい手の将来の暮らしなど関係なく高額で契約を決めることが利益に繋がります。地域で根を張り、共に生きていく私たち工務店だけが住まい手の利益が自分たちの利益に返ってくるからこそ、真摯な提案ができると説明しています。構造的な理由から私たち自身も地域の一員であり、唯一お客様の味方だというポジショニングは強力です。
その様に考えると規模の大小に関わらず、工事のご依頼を頂いた顧客の価値は非常に大きく、LTV(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値=一生で顧客が使う金額)を確実に受け取ることが出来る仕組みを作り上げることができれば将来の売り上げをおおよそ確定させることができます。徳川時代の江戸商人は火事と喧嘩は江戸の華と言われたくらい頻繁に起こる火事への対処として、家財道具は捨ててでも大福帳だけは焼失させてはならぬ、井戸に投げ込んでから避難する様に言っていたとのことです。大福帳とは今でいう顧客台帳であり、それさえあればいくらでも商売をやり直せると言い伝えてきました。江戸の商人は大福帳には無限の売り上げが隠されており、顧客のLTVこそが未来の売り上げ利益だとよく理解して実践されていた様です。
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