第9回 工務店が地域と生きる意味と意義
「経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。初回は高橋社長の自己紹介と今の経営手法に至った経緯を紹介していただく。
(編集部)
本物思考と三方良し
前回は本物の時代の到来というテーマで情報革命の恐ろしさとその荒波を乗り越えるための経営者が持つべき覚悟、そして現場で作業する末端の職人まで含めたリスク意識の共有、意識改革の必要性について書き進めました。職人起業塾の講座や講演の中で、私がいつも参加者に質問するのは、「御社は本物の時代に生き残れる本物ですか?」ということです。挙手をお願いして意見を伺うこともよくあります。
参加者の反応は様々で、経営者ばかりが集まっている場では概ね半数の方が手を挙げるのを躊躇われます。私も同じですが、聖人君子のような人がそんなにいる訳はなく、特に中小企業の経営者の皆さんはこれまで事業を存続させるために善いも悪いも含めて飲み込んで来られたのだと思います。しかし、これまでの経緯はどうあれ、時代が大きく変化する今、本物へのシフトは善悪の問題だけではなく、事業継続のためのリスク回避の重要な指標だと思っています。
本物であるか?という問いで肝心なのは『本物』の定義です。
私はそれを
- 本当に顧客の幸せを願っているか?
- 本当に従業員や同僚の幸せを願っているか?
- 本当に地域や協力してくれる業者の幸せを願っているか?
の3点に絞っています。いわゆる近江商人の三方良しの考え方となるのですが、この3つの条件を完全にクリアできるなら、おかしなことをするはずもなく、絶対に大きなクレームを引き起こしたり、ネット上で叩かれたりすることはありません。本物であるか否かは要するに意識の問題で、正しいと思うことをそのまま行動に移せるか否かです。
地域と共生する
三方良しの一つに世間良しという考え方があります。世間という言い方はその対象が広範すぎて分かりにくいですが、広くは地球環境でしょうし、もう少し絞ると地域社会や隣保のコミュニティー等も世間になるかと思います。
私たち工務店やリフォーム会社は規模を拡大し、多店舗展開をしたとしてもそれぞれの土地に根を生やして建物を建てたり直したりするのが生業であり、地域に対するサービスが事業の主体で、事業所で働く従業員もまた地域住民であることがほとんどです。工務店、リフォーム業はどこまでも地域密着のビジネスモデルなのはご承知の通りで、その地域(世間)に認められ、必要にされてこそ事業が成り立つと考えると、地域への貢献と深い関わりを持つことは建築業と切り離すことはできません。
そして私たちの事業の本質は物売りではなく、ものづくりです。震災や台風などの災害時に活躍するのは実際に現場で作業ができる職人達で、口が達者な営業マンがいくらたくさんいてもなんの役にも立たなかったりします。
神戸の震災の時は大手ハウスメーカーが仮設住宅を建て、スーパーゼネコンが道路に倒壊した建物の撤去作業や解体工事を行ってズタズタになった神戸の街を復旧しました。しかし、実際に休みもなく現場で汗をかいたのはやはり私たち地域に住む職人が中心でした。
災害時に限らず、建築の仕事は衣食住の中でも大きな柱である住まいを支え、地域の安全と安心を担保する重要な職業であり、他の業態に比べて地域との関わりが非常に緊密であると言えるのではないでしょうか。
地域のインフラを守り、支える重要な責務を負っている私たち工務店やリフォーム会社といったものづくりの担い手が大手ハウスメーカーと同じように販売会社になってしまっては地域の安全や快適な住環境を守る役割を果たせなくなります。私たちは施工能力を持つことで地域と共生するポジションに立てるようになるのです。
住宅ビジネスに関する情報は「新建ハウジング」で。試読・購読の申し込みはこちら。