第8回 本物の時代の到来
「経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。初回は高橋社長の自己紹介と今の経営手法に至った経緯を紹介していただく。
(編集部)
前回はマーケティング(=未来の売り上げを確保する仕組みづくり)に取り組むために必要なパラダイム、基本的な考え方について整理してみました。いたって当然ではありますが、未来を創るアクションを起こすには、目先の緊急なタスクばかりに囚われ、追い回されていては一向にその時間が取れないままとなります。目の前の緊急かつ重要な事象には迅速な対応をしながらも、常に未来を見据えて、緊急性の低い、しかし重要な事柄へのアプローチを積み重ねなければ絶対に未来が見えてきたりはしません。
逆に、たとえ小さな行動でも、仕組み化し、習慣に落とし込んで日々積み重ねる事が出来れば時間の経過と共に大きな成果を手に入れることは難しくないと、「千里の道も一歩から」「塵も積もれば山となる」等々、古くから多くの人がその法則性を訴えてきました。「第2領域」こそが未来へのアプローチへの入り口であり、目標を達成し、成果を出す状態管理思考の要諦でもあります。
また、状態管理の考え方は成果を出すと共に、リスクに対する予防の側面を有します。状態を整える事で、トラブルやクレームへの対処に追われる事なく計画を粛々と進めていく体制が整い、ぶれる事なく真っ直ぐに目的に対して突き進む事が出来るようになるのです。
より重くなるクレーム処理
「クレーム産業」と呼ばれるほど、私達建築業者は多くのリスクを抱えています。仕上がりへの不満は元より、顧客への説明不足や伝達の不備、イメージの食い違い、また、品質とは関係のない部分でも現場に携わる多くの人の態度や些細な言動が大きな問題になったりもします。
そもそも、実際の商品を確認してから購入してもらうわけにいかない建築業は、どんなに細かな設計図書を書き上げ、パースや模型でイメージを伝えたとしても、建築の知識のない顧客に対し全ての理解を得るのは至難のワザで、伝えたつもりが伝わっていない事などいくらでもあります。
また、近年の建築業、特に顧客が住んでいる住宅で工事を行うリフォーム現場では、工事の実務以外でも挨拶や養生、掃除、駐車の仕方までこれまで以上の細かな配慮が求められ、サービス業の色合いが非常に強くなりました。職人といえども正確な作業だけ出来ればいいというわけではなく、顧客対応において、最低限のコミュニケーションスキルが求められるようになっています。そして、一旦クレームが発生すると請負代金の回収が難しくなることから、利益度外視でクレームの火消しに躍起にならねばなりません。
業務フローで防ぐ
クレームを出さないこと、その予防に務めることは私たち工務店経営者にとっては大きなテーマであり、信頼関係を構築しやすい集客に絞り込み、業務フローを整え、細かな確認を行うマニュアルを作り、重要事項説明書に署名をもらうなど、リスク回避に努めてきました。現場での顧客窓口を社員大工に担当させることで、イメージと実物の齟齬が生じないように確認・修正を行いながら工事を進めるようにしていますが、残念ながらいまだに完全にクレームを撲滅するには至っておりません。
顧客は一人として同じ人はおらず、千差万別であり、感じ方、受け取り方、理解度、気になるところも全員違うのです。そんな中、我々が今置かれている環境を見渡すと、これまでとこれからとでは、大きくそして劇的な変化を迎えていることに気づかされます。それは、産業革命を凌駕すると言われる情報化革命に他なりません。
情報革命の荒波
インターネットの普及によって端を発した情報化革命は建築業界にも大きな変化をもたらしました。事業所の存在の告知、集客、設計図書、積算、見積もり、顧客管理、業務管理、顧客との連絡方法までこの十数年で以前とは業務の内容もやり方も全てがガラッと変わってしまったのはご存知の通りですが、ここに来てその変化が一段と加速して大きな荒波となって業界全体を飲み込もうとしています。それはスマートフォンとS N Sの普及、そして子供の頃からI T 機器を使いこなして来た若者が顧客層へと成長してきたことです。
誰もが今すぐ、その場で情報の発信と取得ができるというのは、帰宅してから検索して調べてみようとか、ブログに書き残しておこう、といったワンクッションがありません。疑わしいコトはその場で容赦無く調べて判断するし、納得できないものには不平不満をtwitterで呟くかもしれません。そしてその先のインターネットの大海には、真偽の程は明らかではないにしてもありとあらゆる情報が蓄積されています。ジャンルを絞り専門的な情報を一週間程読み込めば誰でもある程度は事情通になった気分を味わえる時代は、私達建築の専門家よりも詳しい知識を持つ顧客を生み出しました。「これが普通です。」と業界独特の慣習だと押し切って来た設計や施工、祭事の執り行い方、顧客との打ち合わせ回数まで、きっちりと理論武装をして説明できる準備を整えておかなければ、そんな常識は通らないと、クレームになるリスクは今までとは比べられないほど大きくなっています。
クレームの防止には、現場の職人を含めたコミュニケーションスキルがより重要になっている
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