第7回 未来を食いつぶす経営と未来をつくる経営
「経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。初回は高橋社長の自己紹介と今の経営手法に至った経緯を紹介していただく。
(編集部)
前号では現場基軸のマーケティングの構築には人材育成への取り組みが不可欠であることを説明しました。職人をはじめとする技術系の社員に対する意識改革、コミュニケーション研修等、技術以外の教育を行い、顧客との接点に関わらせることで、顧客接点の強化、業務の効率化、伝達不備などのリスクの軽減、そして現場でしか気づかないような細やかな確認を行うことができる。真の顧客満足を勝ち取り、単なる顧客から生涯顧客へとランクアップさせることで確実に未来の売り上げを蓄積することができると、現場実務者による顧客接点の重要性とマーケティングとの関係をお伝えしました。今回はそこに着手するマインド、パラダイムについて書き進めてみたいと思います。
現場で必要なのは単なる作業にあらず
現場で顧客との強い信頼関係を構築し、次の仕事に結びつけるという考え方は一昔前の町の大工さんが棟梁と呼ばれ、顧客の窓口から設計、施工管理、施工、アフターサービスまで一貫して行っていた頃には当たり前に行われていたことで、珍しくもなんでもないシステムです。しかし、大手ハウスメーカーが席巻し、リフォームという新しい業態が生まれ、そして顧客のニーズも大きく変わった現在では元請け大工という個人事業主、また大工の延長線の職人系工務店は壊滅的な打撃を受けました。多くの大工は下請け職人、下請け工務店に成り果ててしまいました。その結果、細かすぎる程の分業化が進み職人は決まった図面通りに正確な作業を行う、大工というより木工職人、もしくは内装下地をつくる職人という存在になってしまいました。
しかし、「現場での収まり」という言い方を今もよく耳にしますが、建物の出来上がりは図面やパース、模型だけでは表現しきれない部分も多く、また表現できていたとしても建築のプロではない顧客にその内容が全て伝わることはほぼ皆無と言って過言ではないと思います。細かなところまで説明しなくても別に大きな問題ではない、と思われる方も多いかも知れませんが、出来上がる成果物に対して漠然とわかっていないことがあるのを顧客は認識しており、何を確認したら良いかも分からない不安を抱えている可能性は否めません。
現場で行うべきは決まった作業のみにあらず、顧客とのコミュニケーションであり、信頼関係の構築であるべきです。私の経験則からすると現場で工事の進捗に合わせて、一つずつ細かな収まりを確認することは、モヤモヤとした顧客の潜在的な不安を解消させ本当の顧客満足につながると、自分自身が大工として現場に従事していた頃から肌で感じておりました。現場実務者の顧客接点の強化は実際に行ってみて初めてその効果の大きさが分かると思っています。
未来を形成するのは緊急度は低いが重要なタスク
私がここで繰り返し書き連ねるまでもなく、経営者の皆さんは人材育成、社員教育の重要性について十分に認識されていると思います。しかし、現場実務者に対して技術的なスキル以外の、人間力を高めるような取り組みを営業職と同じように行うには高いハードルを感じられるのではないでしょうか。また、職人や現場監督ら実務者自身も技術的なスキル以外の研修を自分が受講する必要性を感じることができずに前向きになりにくいとも思います。目の前のタスクを片付けなければならない職業人なら誰しもそう考えるでしょう。目先の売り上げ、利益、クレーム対応など、緊急度の高いタスクに対する迅速な対応は絶対ですが、『未来』をつくるには緊急度の低い重要なタスクに向き合うことが非常に重要です。あらゆる問題の根本的解決、マーケティングの構築に欠かすことはできません。『7つの習慣』のスティーブン・R・コヴィー博士は毎日の時間の使い方を緊急度と重要度の2軸で4つの領域に分けて、緊急度が低く重要度が高いタスクへの時間配分を『第2領域』と名付けられました。この第2領域への注力こそが、未来をつくり上げるアクションとなります。
今行っても、行わなくても明日は大して変わらない、しかし、その取り組みを継続させ、習慣、会社の仕組みに落とし込むことができれば、1年後、5年後、10年後と時間の経過に伴って圧倒的な成果を手に入れることができる可能性があります。
例えば、毎日のブログなどの情報発信、毎月のニュースレター、資格取得のための勉強や研修への参加、知識を広げる読書や人間力を鍛えるお稽古事、健康維持のための運動、実務に置き換えると顧客との関係性を深めるイベントの開催やアフターメンテナンス訪問なども全てこの第2領域に含まれます。どれも思いつきで単発の行動を起こしても、全く何の成果にも結びつきませんが、ひとつ一つのアクションは些細でも長期間にわたって継続することで、地域ナンバーワン、業界ナンバーワンの座を手にすることも可能となります。
もう少し視点を広くすると、これまであまり行われてこなかった現場実務者への技術以外の教育、意識を変えるマインド面での研修こそモノづくりを本質とする工務店として強みを発現させる未来へのアプローチだと考えています。
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