観念的問題と根本的問題
以上のような現場基軸のマーケティングを構築したり、職人・現場監督等の実務者に顧客接点で活躍してもらうにあたり、いくつかの問題があります。代表的なのは職人・実務者はコミュニケーション下手であるという自他ともに認める先入観。「そもそも、人と上手に話せるくらいなら現場作業なんかやっていない」と職人は言いますし、現場監督の口からも「それが得意なら営業職に就いている」とよく耳にします。
それと同じ認識を経営者もしくは上司も持っており、現場従事者に対して技術系の教育や研修以外を行ってこなかった経緯があります。それは、国交省をはじめとする国の機関でも同じで、営業職が受講するような意識改革やコミュニケーションスキルといった基礎的な人間力を高める研修に対する補助金を、現場従事者については認めてきませんでした。
しかし、職人が顧客接点で信頼を勝ち取り、将来の売り上げに寄与することができれば、営業職と同等もしくはそれ以上の価値を生むことになり、現場従事者が抱える決定的なリスクである高齢になった時に稼げなくなる不安から解放される糸口が見出せるようになります。
ちなみに2015年度予算のものづくり人材育成助成金の施行から、認められる研修内容の幅が広がっており、国の技術系の人材に対する認識にも変化が認められます。
このような制度を利用して現場作業+αのスキルを習得してもらうことによって職人にも将来のキャリアプランを見出してもらうことができるのです。
現在、既に喫緊かつ重大な問題として顕在化している職人不足問題を解決するには、これまで若手職人を育成することができなかった根本的原因を潰すことが必要です。そのために考えるべきは、職人育成≠利益の方程式を因数分解し、職人を育成することによって現状と比べて利益が増える、もしくはコストが削減できる方法です。どのような業態であっても利益を上げられない業種は消えてしまいます。
大工の平均所得が14,000円/日を切っているとの統計が出ておりますが、これ以上労務費のコスト削減を続ければ、大工のなり手がいなくなるのは明白。しかも、このような状態で個人事業主の大工が弟子を満足させる給与を支払いながら、次世代を担う職人を育てることは不可能です。その結果が現在の暗澹たる業界の将来予想です。
今から40年近く前になりますが、私が子供の頃は「大人になったらなりたい職業ナンバーワンは大工さん!」でした。今後私達工務店が行うべきは、誰かが育てた職人を必要な時だけ使って利益を確保することではなく、将来を見越して稼げる職人を育成して、せめて自分の家を自分で建てることができるくらいには所得を上げて、若者が働きたいと思える業種にもう一度押し上げることではないでしょうか。
職人は道具ではなく人間であり、職人がいなければ建築業界は成り立ちません。
マーケティングと人材育成はワンセット
とはいえ、現実は甘くなく、職人をはじめとする現場実務者への技術以外の研修を行うことは簡単ではありません。
既に職人として働いている人には苦手意識を払拭して意識改革に取り組んでもらわねばならず、社会に出たての若者に関しては技術の習得にもコストがかかる上に、それに加えて現場実務に直接関係のない研修まで受けさせることは収益を押し下げるばかりだと思われがちです。
そこで、私が提案しているのは厚生労働省の補助金を活用して研修を受けさせたり、社内でのOJTに取り組んだりと、大きな負担をせずに人材育成を行うことです。
建築業界では積極的に利用されている企業は多くありませんが、他業種ではごく一般的に使われているキャリア形成助成金やキャリアアップ助成金など、人材育成に取り組む企業を国は強力にバックアップしてくれます。私が主宰している「職人起業塾」なるマーケティングとコミュニケーションの研修は、ほとんどの方にこの制度を利用して受講いただいています。
ただ、この助成金は外注の職人には適応されず、社員もしくは契約社員にしか使えません。また、国費を使って自社の社員を教育するのですから、就業規則や賃金規程の整備と適法準用が求められます。
これまでグレーゾーンで労務管理をしてきた企業は、社内環境を整備することから取り組まなければなりませんが、日の当たる場所に出ることで、支援を受けられることも多く、何よりもマーケティングは『在り方』から始めるべきという大原則に沿って考えれば、原理原則に則った選択といえると思います。
職人等の実務者に意識改革を促すのであれば、経営者、企業側も意識改革を行うべきで、その姿を持って改革を推し進める姿勢を示すべきだと考えます。そして、それくらいのことができなければ、社会に新しく出て来る若者に受け入れてもらえないのではないでしょうか。
建築事業はいくら多くの受注を重ねても完工することができなければ一切売り上げにはなりません。どんなに販売に長けていても、職人がいなくなれば事業の継続はできなくなります。これまで、何となく誰かが職人を育ててくれるものだと思っていた意識を変えなければ、現在活躍している団塊の世代の職人が引退する、そう遠くない未来にはとんでもない困難に向き合うことになりかねません。
モノづくりの素晴らしさを伝え、誇りを持って職人が働ける社会へと導くことが今私達に課せられた非常に重要な課題だと考えています。その人材育成と現場基軸のマーケティングをセットで考えることで、これまでできなかったこの業界への若者の入職者増加への道が開けるのではないでしょうか。
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