第6回 マーケティングと人材育成
「経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。初回は高橋社長の自己紹介と今の経営手法に至った経緯を紹介していただく。
(編集部)
作り手の顔が見える現場づくり
前号では、工務店の未来の売り上げの源泉となる『生涯顧客』の創造には、現場での顧客接点強化、職人や現場監督への(技術以外の)教育、意識改革が大きな効果を発揮すること、工務店の持つ強みを発現させ、現場力を武器とした顧客からの信頼の輪を広げて行くことで独自のマーケットを作り上げるという現場基軸のマーケティングの基本的な考え方を整理しました。
しかし同時に、経営者自らが顧客との接点を持つのではなく、従業員に任せたままで、一度工事を依頼された顧客に生涯顧客となってもらい、生涯にわたり受注を取り続けることの難しさも感じられたのではないでしょうか。
現場で成果を上げる顧客接点の強化、そして現場で得た信頼を継続するにはそれなりのシクミを作り上げなければなりません。『企業は人なり』の大原則に立ち返って考えると、現場従事者、顧客接点の実務者への教育がその要諦となるのは明白です。では、その教育において最も重視すべき事柄は何でしょうか。私が出した答えは、技術力でも資格の取得でもなく、コミュニケーションスキルと中長期の視点を持って顧客に相対し、とにかく信頼関係の構築を最優先にする経営者感覚を持ってもらうことでした。
乱暴にひと言でまとめてしまうと、最も現場で長い時間を過ごす職人、現場監理者の意識改革です。顧客接点の強化はモチロンですが、工事を請け負って顧客に渡す唯一の成果物となる現場の精度、品質を担保することも含まれています。引き渡し時にきれいに仕上がった建物で顧客に喜んでもらうのは当然ですが、私達の仕事は引き渡し後も何十年にわたってその満足を継続しなければなりません。表面的には見えなくなってしまう隠蔽部でも確実な施工ができていてこそ、その信頼は担保されるのですが、実際の工事現場ではボルトの締め付け、釘の打ち込み、断熱材の充填、等々、実際に手を下す職人の感覚でしか分からないことが多々あります。そのすべてをチェックして、管理するのは至難の業で、完璧に行おうとすれば管理者が終始付きっきりで確認作業を行なわなければならなくなり、現実的には不可能と言わざるを得ません。しかし、現場に張り付く職人が、経営者と同じ感覚を持ち、高い品質の工事をしてこそ、自らの未来が開けると考えてくれていれば、自ずと工事の品質は担保されるようになると思うのです。その意識、理念の共有は業務の効率化にも結びつくと考えています。
主体性とコミュニケーション
十数年前に職人の意識改革こそがマーケティングの構築の基礎となる、そのためには職人の教育こそが最も重要な課題であると考えた私が先ず取り組んだのは、それまで外注扱いで日給月給で雇っていた大工の正規雇用への転換でした。
それまでもカタチ的には一応、社員であり自社専属の職人ではありましたが、社会保険・厚生年金への加入、経費の会社負担、繁閑に関わらず一定の給与の保証等、一般的な大工の働き方とは違う就労環境を整備することで、会社と同じ考え方を共有してもらう素地を作りました。
この取り組みは固定費を膨張させ、常に一定の工事量を確保しなければ人員の在庫となってしまう大きなプレッシャーを抱えることになりましたが、全員が事業の目的(=理念)および受注に対する共通の意識を持つきっかけにもなりました。
ちなみに、大工の正規雇用、教育に踏み込んで、初めに取り組んだのはコミュニケーションに関するグループコーチングの研修でした。社員となった大工が、会社の顔として顧客とコミュニケーションを取ってもらうこと、窓口となり後々までの責任を持って作業に向き合うところから始めるべきだと考えたのです。
『7つの習慣』で有名なスティーブン・R・コヴィー博士はその著書の中で、人生を成功に導く習慣の第一を『主体性を発揮する』と書かれておりますが、従業員に経営者感覚を持ってもらう入り口は各人に主体性を発揮してもらうことです。コーチングを通してコミュニケーションの重要性と、日々の作業と自分の将来、会社の理念との関係性に気付いてもらい、決まった作業を正確にこなすだけではなく、自分から主体的に顧客の信頼を勝ち取り、未来へと繋げる行動を起こす意識を持ってもらうことだと考えました。
正社員となった大工に顧客との窓口を務めさせ、コミュニケーションを取らせることで、設計段階でのイメージと実際に出来上がっていく建物とのギャップを修正させ、足らなかったものについては追加を、必要ないものについては割愛を提案して計画を修正することで、出来上がった時点での顧客が持つ不安要素を消し去り顧客満足度を上げることにも繋がりました。
また、引き渡し後、無料巡回メンテナンスサービスと称して年に1回以上、大工が訪問して引き渡しの際に分からなかった不具合、その他工事と関係のない箇所についても積極的に修繕をすることで、信頼関係を維持し、リピート、紹介の問い合わせが格段に増えるようになりました。
モチロン、ニュースレターやブログでの情報発信、OB顧客向けのイベントの開催等、一般的に使われている顧客と繋がり続けるための仕掛けも行ってはおりますが、社を挙げて現場接点の強化、現場満足の向上を掲げたことが功を奏してチラシや雑誌等のマスメディアを使った販促を行うことなく、年間通して受注が安定するようになりました。
ドラッカー博士が定義した、マーケティングの目的は売り込みを不要にする、とは言い換えれば自社独自のマーケットを作り上げ、そこに存在するLTV(顧客生涯価値)を全て享受することであり、また博士が事業の目的とした『顧客の創造』とは生涯顧客を創造し続けてその独自のマーケットに送り込むことに他なりません。
建築事業は工事期間中の長きにわたり顧客との接点を持ち、濃密な時間を過ごすことを考えれば、その時間を顧客との信頼関係構築に充てるのはごく自然な流れであり、現場実務者が顧客目線を持ち、自分達の未来を作るために作業をしているという意識を持つことができれば、他社に介入されない独自のマーケットを作り上げるのはそんなに難しいことではないはずです。
しかし、建築業界で工事の細分化が進み、役割が細かく分けられてから、職人もしくは現場監督は決められた図面通りに正確に作業を進めることのみに特化すべきと考える会社が増えて、顧客との窓口を営業や設計、プランナー等の担当者が行うことが一般的になりました。それはそれできめ細やかな対応ができる一面もあり、決して否定しません。が、実際に現場でモノづくりをする者と最終的に情報共有しなければならないことを考えると、効率化と、この業界で日常茶飯事となっている伝達の不具合を予防するリスクヘッジという点でも、できるだけ現場実務者が顧客対応に参加するべきでしょう。
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