工務店経営者への上申書
自己紹介が長くなりましたが、上述のような職人会社を営んでいる私は、喫緊かつ非常に重大な危機を工務店業界は迎えていると感じており、この場を借りて工務店経営者の方々に『上申書』として意見を述べさせていただきたいと思います。その危機とはズバリ、職人不足と市場環境の変化です。
「ああ、それな」と思われたかもしれませんが、今までの緩やかな職人不足と今後10年間で急激に進むそれとでは全く次元が違います。まずは国勢調査を出典とした建築技術実務者の人口推移のグラフ[図1]をご覧下さい。
現在の50歳~60歳の職人をピークに一直線に下がり続けている上に、若い就業者はほとんどいなくなってしまっています。現在、20歳未満の大工は全国でも2000人を切っているといわれており、ほぼいないのと同じです。このままの状態が続くと、10年後はどうしようもないくらい大工はいなくなってしまいます。
実際、この文章をお読みいただいている方の身の回りで活躍されている大工さんの年齢分布は[図1]の縮図となっておられるのではないでしょうか。
[図1]2020年には大工人口は2/3になる
忍び寄る職人不足の魔の手
「職人不足問題については、ウチは大丈夫」と思われた方も少なくないかと思いますが、工務店業界が今のままで一切変わることなく、職人不足がこのグラフ通りに進んだとすれば、大工の獲得合戦はどんどん過熱していきます。社員大工でも絶対に大丈夫とはいえないと思いますが、外注扱いのままのお抱え大工、常用大工が高い単価をちらつかせる他社に引き抜かれるリスクがないと言いきれるでしょうか?
最近、講演で伺った先の団体のとある工務店は、親子2代で常用大工として働き続けて活躍しておられたエース大工がパワービルダーに引き抜かれたと嘆いておられました。その大工も長年世話になった工務店と袂を分かつのはずいぶん厳しい選択だったと思います。背に腹は代えられぬ。家族の将来を思うと今より稼げて、安定的に仕事があるパワービルダーに移らなければならなかったようです。
その社長も、他社に移った大工も涙ながらに別れを告げられたとのことでしたが、現実から目を背けずに見ると、現状の単価では大工は自宅を建てることができないし、怪我や病気への不安を抱えながら、子供をしっかりと育て上げる自信もないまま働いているのです。
長く続いたデフレ経済の影響と、工務店の利益構造の組み替えの影響でトコトンまで下がった大工の手間賃は満足して暮らせるレベルにはないことを認識すべきです。いくら長年の付き合いで信頼関係が構築できているといっても、大工にも家族があり、未来に不安を抱えていては他社からの単価アップのオファーを断り続けるのは無理だと思います。
買い手市場が長かった分、売り手市場に移行した時の反動は大きくなるのは想像に難くなく、今、工務店はその事実から目を背けずに向き合わなければなりません。
職人不足問題解決へのリフレーミング
では、どうするべきなのか、という問いに対する回答は明快です。職人が将来の展望を持ち、誇りを持って働ける環境を整え他業種と同じ程度の安定を担保するしかありません。若年層の入職者を増加させるには、若者の就職先の選択肢のテーブルに乗るのが先ずは第一歩ですが、「加齢と共に稼ぎが悪くなる」「怪我や病気に罹ると収入がなくなる」といった肉体労働従事者につきまとうリスクを排除できなければ、大工職人が安定感のある職業だという担保ができたとは言えませんし、「技術を身につけて将来は独立したらいい」などという適当な誤魔化し方では現状を変えることはできません。職業選択の候補になる職人を守り育てる環境整備とは、
- 受注、施工の繁閑にかかわらず職人が働き続ける場をつくること、できればその波をなくして年間通して施工量を平準化すること。
- 将来の展望を見るためには先々までの根拠ある売り上げ利益の見込みを立てること。
- 身体能力が落ちたときの働き方をつくる。現場作業以外にも活躍できるように職人の教育ができること。
以上3点の一筋縄ではいかない困難な問題に取り組み、そして解決しなければなりません。受注、施工の年間を通じての平準化、来年、5年後、できれば10 年先までの受注見込みを積み上げることはこれまですべての工務店経営者が目指してきましたが、未だ叶わぬ会社が圧倒的多数を占めます。また、職人に現場仕事以外、技術以外でも活躍してもらえるキャリアを形成する教育を行えている会社も非常に少なく、そのノウハウも世に出ることなく、あまり知られる機会もないのが現状です。
上述した3つの問題を解決することが、圧倒的な職人不足による業界全体の危機を救い、工務店の存続を叶え、職人をはじめとする建築業界の従事者にやりがいを持って生き生きと働いてもらえる唯一の突破口だと私は考えています。
では、具体的にどのようにしてこの厄介な問題を解決するのか。
これらの問題は私でなくても懸念されている経営者は多く、解決を試みた方も少なくないはずですが、業界全体を俯瞰して見ると、全く解決できていないどころか、若年層の職人不足はますます酷くなる傾向にあります。要するに、今までのやり方ではダメで、根本的な方向転換が迫られていると思うのです。根本的な転換とは、リフレーミングであり、パラダイムシフトです。今までの常識を葬り去り、新たな価値観を持ってこれまでと全く違う行動に取り組むこと。非常に勇気がいることですが、工務店経営者が今、勇気を出して業界の仕組みそのものを改革しなければ、[図2]のグラフが示す通り、仕事はあれども建てられない、集客、受注を積み上げても完工しなければ1円の利益も上がらない、という未曾有の経営危機に直面することになるのです。
[図2]大工の新規就業者は未曾有の危機に
住宅ビジネスに関する情報は「新建ハウジング」で。試読・購読の申し込みはこちら。