設計は難しい、でも、やっぱり楽しい。
はじめに~
前著『伊礼智の住宅設計作法』の好評をうけて、2010年7月~2012年7月まで全21回、「新建ハウジング プラスワン」にて続編の連載を続けました。
その連載をベースに編集し直し、新たな取り組みを加えてまとめたのが今回の本となります。
連載から数年の月日が流れていますが、今読み返しても自分の設計に対するスタンスに変わりがないことに安堵と同時に一抹の不安(成長していない?)を感じているところです。ここは開き直って、前著からの一貫性を持って続編をお届けできることに小さな達成感を感じることにしたいと思います(笑)。
『伊礼智の住宅設計作法』のシリーズは、当時の編集長であった三浦祐成さんの「伊礼さんが設計するような住宅を日本に増やしたい」との想いから、連載がはじまりました。雑誌の読者の多くは工務店に勤める方々・・・・・・当時は建築家という肩書きを持つものが、工務店向けに連載をすることは抵抗感が強い時代だったと思います。
幸いにも、その頃のぼくは、工務店向けのセミナーの講師や講演会を頼まれる機会が増えていて、工務店向けに建築の話、設計の話をすることにまるで抵抗はありませんでした。
むしろ、建築界ではまだまだ若造扱いの若輩者に、連載の機会を与えていただき、締め切りに追われながらも、幸福感を感じながら続けさせていただいたものです。
ぼくにとって、読者は誰でも良かったのです。
日本のどこかにぼくの設計に興味を抱いてくれて、毎月の連載を丁寧に読んでいただける方がいることがうれしく思えました。
できるだけ多くの方が理解できるように噛み砕き、具体的に語ることを心がけました。
それが功を奏したか? 書籍化されたとき、工務店の方はもちろん、若い建築家たち、さらには家づくりを考える一般の方々が手にしていただける本となりました。
一般の方々に建築や住宅の見方・感じ方を伝えることの重要さを改めて感じ、住まい手が変わることが工務店を変えていくことにつながることも知りました。
今回の続編も、プロのみならず住まい手にも、20年間取り組んできた住宅設計の作法(設計への姿勢、ノウハウ)を、写真をはじめとして図面や文章で、手を変え、品を変え、わかりやすく、楽しく伝えることができれば幸いです。
「設計は難しい、でも、やっぱり楽しい」・・・・・・
これは生涯変わらないつぶやきになりそうです(笑)。
第1章
Q.
伊礼さんの建築の原風景なるものは何ですか?
A.
育った家が伝統的な沖縄の民家の小さな家だったので外部と内部の境界があいまいな空間、緩やかに外部と内部が繋がる空間が原風景です。
沖縄の外部空間を言葉で表すとすれば「あいまいな境界」、「緩やかな繋がり」と言えると思います。
沖縄の外部空間で、重要な役割りを持っているのが「屏風(ヒンプン)」と呼ばれる衝立て状の塀。目隠しでもあり、魔除けでもあり、人を振り分ける装置でもあります。男性は「屏風」に向かって右(東側)へアプローチ、女性は左(西)へアプローチするルールがありました。ヒンプンを抜けると「雨端(アマハジ)」と呼ばれる軒下空間に繋がります。外と内の「あいだ」の半戸外、子どもたちの遊び場でもあり、大人たちのおしゃべりの場でもあります。
「屏風」は「雨端」とともに、外部と内部、町と家を緩やかに繋げる装置であることに気づいたのです。それがぼくの卒業設計の切り口となりました。
外と内の「あいだ」、町と家の「あいだ」が沖縄の魅力ではないか?例えば、海と陸の間に珊瑚礁があります。
潮が満ちているときは海ですが、潮が引くと遠浅の珊瑚礁が現れ、そこは豊かな収穫の場となるのです。
海と陸の「あいだ」が最も豊かである…そのような様々な「あいだ」の魅力がぼくの中に染み付いていて、普段の設計に現れていることは間違いありません。豊かなものは外部からやってくる…それをうまく取り入れ、制御することが、生きる上でも、設計の上でも大事なことだと思うようになりました。
町と家のあいだを考える
Q.
外構や植栽をデザインするときのポイントは何ですか?
A.
外部と内部が繋がって豊かな住空間が生まれると思います。
内部と外部をどう緩やかに繋げていくか。
植栽が建築を「風景化」させてくれて、町に馴染ませていくかを意識しています。
数年前から、予算がある場合は造園を荻野寿也さんへお願いすることが多くなりました。荻野さんとのコンビで仕事をするようになって、建築にも多くのヒントをいただき、もはや、荻野さんの造園なしでは伊礼建築は語れないのかもし
れません(笑)。身体に染み付いた沖縄の原風景・町と家、外と内が緩やかに繋がっていく空間と荻野さんの庭は相性がいいのだと思います。
町と建築の「あいだ」を取り持ち、繋げるものが外構と言えるのかもしれません。外構を設計する上で、沖縄の伝統的な民家に見られた衝立てのような塀「屏風(ヒンプン)」をよく用います。緩やかな境界をつくり、庭の奥行きをつくり出し、造園の背景を引き受けてくれるからです。
琵琶湖湖畔の家では「風景を取り入れ、風景に溶け込む」ことがテーマでした。荻野さんが琵琶湖湖畔の植生を読み解いて、湖畔の赤松を庭まで引き込むように植え、敷地南面の桜並木に呼応するように、庭に植えられていた3本の桜に手を加えつつ、新たに数本の桜を植えて、周辺環境と庭を繋げていただきました。北面の開口部は琵琶湖が見える景観と庭を楽しみ、南の開口部は冬場にたっぷりと太陽熱を入れ、落葉樹が日射を遮ってくれます。
「元吉田の家」は典型的なアプローチガーデンです。荻野さんと、桟橋を渡っているかのようなアプローチで!と話しながらまとめました。大谷石の地面から少し浮いたようなアプローチは木々のアーチをくぐりながら玄関にたどり着きます。2階リビングから見返したとき、アプローチが庭のような役割を持ち、遠くの林へと繋がります。
CASE01 琵琶湖湖畔の家
風景を取り入れ、風景に溶け込む
琵琶湖湖畔に建つ、夫婦二人のための住まいです。
「風景を取り入れ、風景に溶け込む住まい」を目指して、造園家の荻野寿也さんと共に取り組みました。風景に馴染ませるために、まず、母屋を敷地の南側に寄せて配置、ハナレは母屋から北側(琵琶湖側)へ伸びるように配置し、庭を囲みながら琵琶湖を望みます。車は一度庭へ乗り上げて、バックで車庫に入れ、町からも家からも車が見えないようにしました。
建物の高さを低くおさえ、さらに寄せ棟にしたことで周辺からいっそう低く感じることとなりました。寄せ棟の母屋と方形屋根のハナレの構成はどこか沖縄の伝統的な集落の屋根並みのよう。
荻野さんが琵琶湖湖畔の植生を読み解き、自生している赤松やハマゴウを庭へと繋げてくれました。敷地内には元々3本の桜があり、南側の桜並木と繋げるように枝ぶりを整えて残すことにしました。
母屋は表動線と裏動線(バックヤード動線)を持ち、それが繋がって廻れる動線となります。シンプルなプランの中に複雑に動き廻れる動線が組み込まれ、伸びやかな空間となりました。ハナレは住まい手の趣味部屋。横長の大きな開口を開け放つと目の前に琵琶湖の風景が望めます。
CASE02 元吉田の家
吊橋のようなアプローチガーデン
「そよ風2」(空気集熱式ソーラーシステム)を搭載した延床30坪の小さな仕事場です。住まいを提供している工務店なので、住宅のような社屋で仕事をするべきだと提案しました。
造園家の荻野寿也さんとのやりとりで、吊橋を渡るようなアプローチをつくろうということになり、大谷石を浮かせて、緑の中に浮いた橋のようなアプローチガーデンが工務店の顔になればいいなあと願いました。
木々をくぐり抜けるようにアプローチして、2階の縁側から振り返ると奥行きのある庭となります。
2 階の縁側の奥行きは1 間(1818ミリ)、掃き出しのガラリが気持ちいい。このガラリは鍵を掛けることができて落下防止にも役に立ちます。
ガラリを閉じると昼間は外から中はあまり見えません。開け放つと目の前に植栽が揺らぎます。
いつもの荻野さんであれば斜めに広がるように樹木を打つはずですが、今回は道路向かいの国有地内にある林の、垂直に伸びる木々にあわせて垂直のラインを効かせています。
遠景の緑に近景の庭の緑を重ねることで風景となっていくからです。この臨機応変さが荻野さんの持ち味でもあります。
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