5.今後の義務化と住宅産業の発展のために
先述のように、「あり方検討会」での議論は取りまとめに入りつつあり、事務局の準備した取りまとめ素案では、住宅への太陽光発電義務化は記載されず、見送られる公算が高まっている。だがそれは、2030年までの限られた時間で最大限に再エネ(太陽光発電)を伸ばす有力な手立てを諦めることを意味し、2030年の排出削減目標達成は遠のくことになるだろう。日本政府として、それでよいのだろうか。
たしかに、今すぐの義務化は難しいかもしれない。しかしそれならばドイツのように、将来時点での義務化導入を決め、それをアナウンスすることで事業者の対応を促すことはできないだろうか。具体的には、今回は義務化を見送るものの2025年(遅くとも2030年)には義務化を導入すると決めた上で、それまでの期間を課題克服と環境整備のための準備期間とすべきであろう。
太陽光義務化をめぐっては、すでに2020年1月にカリフォルニア州が導入済みである11。また、国内では京都府が条例による再エネ義務化という画期的な取り組みをすでに行っている(12)。京都府では、2020年4月から2000平米以上の住宅の建築主に対して導入された太陽光発電の義務付けは、21年4月からは300平米以上に対象の拡大が行われる。これがもたらす住宅価格への影響、中小工務店への影響等について政府は調査を行い、その結果を公表するとともに課題の克服策を検討したうえで、将来の全国レベルでの義務化に反映させるべきであろう。
新築住宅への太陽光義務化を急がなければならないのは今後、住宅の新規着工戸数が減少し続けるからである。2020年度には81万戸だった新規着工戸数は、30年度には65万戸、40年度には46万戸と急速に減少していくと予測されている(13)。そうなると、新築住宅の質を高めても中古住宅の置き換えペースが鈍り、旧基準の住宅が残り続けるために、住宅の省エネ機能の刷新が行われにくくなる。結果、ZEH着工戸数は低迷、その総ストック数は2030年に目標313万戸にはるかに及ばない159万戸に留まるという。
将来的に、住宅産業にとっては量を追い求めるのではなく、1戸あたりの価値を上げていくことの重要性がより高まる。省エネ、断熱、創エネはまさに住宅の価値を引き上げることに寄与する。住宅改修は「コスト」だと言われるが、新築市場が縮小する中では改修市場の重要性が高まる。省エネ、断熱、創エネは改修を促す貴重な市場機会になるのではないだろうか。太陽光義務化で受け身に回るのではなく、攻めの姿勢で新しい産業に脱皮する構想を住宅市場関係者には持って頂きたい。
将来的に住宅は、分散型エネルギーシステムの不可欠なピースになっていくという展望を持っておくべきで、こうした方向にこそ、住宅産業の新しい発展の可能性を見出せるのではないだろうか。太陽光発電、蓄電池、そして電気自動車の3点セットは、21世紀の住宅に不可欠な設備になるだろう。それらを情報通信で結んでコミュニティでエネルギー生産/消費の最適化を図るマネージメントシステムの導入も進むだろう。こうなると、ものづくり産業としての住宅産業の「サービス産業化」が始まることになる。これは、住宅エネルギーの自給による経済メリットをもたらし、脱炭素化に寄与できるだけでなく、災害に対する強靭性を高めることにもつながる点で、歓迎すべき変革である。是非、住宅産業関係者による、こうした方向に向けた積極的な取り組みと情報発信に期待したい。
京都大学大学院経済学研究科/地球環境学堂教授。博士(経済学)。専門は財政学、環境経済学。経済と環境を両立させる持続可能な経済システムのあり方を探求。主著に『資本主義の新しい形』(岩波書店、2020年)など。
<参考文献>
村上敦(2012),「ドイツにおける低炭素型住宅の動向とエネルギー政策」『日本不動産学会誌』第26巻第1号,127-132頁(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/26/1/26_127/_pdf/-char/ja).
李秀澈・何彦旻・昔宣希・諸富徹・平田仁子・Chewpreecha, U. (2021)「日本の2050 年カーボンニュートラルの実現がエネルギー構成及びマクロ経済へ与える影響分析- E3MEマクロ計量経済モデルを用いた分析-」京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座ディスカッションペーパーNo.32(http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/dp032.html).
Renewable Energy Institute, Agora Energiewende, and LUT University (2021), Renewable pathways to climate-neutral Japan: Study on behalf of Renewable Energy Institute and Agora Energiewende (https://www.renewable-ei.org/en/activities/reports/20210309.php).
(1)これまでに開催された検討会資料はすべて国交省HP上で公開されているほか、検討会の様子はYouTubeで公開されている(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk4_000188.html)。
(2)時事通信によるインタビュー記事を参照(https://www.jiji.com/jc/v4?id=202104kint0001)。
(3)同タスクフォース第5回会合「資料2」以下を参照(https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/conference/energy/20210224/agenda.html)。タスクフォース提言は「資料4-1」である。
(4)京都大学再生可能エネルギー経済学講座と英国の研究機関ケンブリッジ・エコノメトリクスとの共同研究においても、2050年にカーボンニュートラルを実現するには2030年時点で2013年比46%をはるかに上回る63.7%の削減を実行しなければならないが、その必要削減量のうち半分超は、やはりエネルギー転換(電力)部門が担う必要があるとの結果が出ている(李ほか 2021)。
(5)資源エネルギー庁総合エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会/電力・ガス事業分科会再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会第31回資料2「2030年における再生可能エネルギーについて」(https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/031_02_00.pdf)を参照。とりわけ、2030年に向けて電源種別ごとの再エネ拡大可能性を検討した結果を取りまとめたスライド97枚目を参照。
(6)上記注5資料2のスライド16枚目を参照。
(7)地球温暖化対策計画でも「2020年までに新築住宅について段階的に省エネルギー基準への適合を義務化する」、「2020年までにハウスメーカー等が新築する注文戸建住宅の半数以上をZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)にする」と明記されている。さらに、エネルギー基本計画でも同様の目標が掲げられている。
(8)「あり方検討会」第1回会合国土交通省説明参考資料(「参考資料1」)(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001402197.pdf)のスライド16枚目を参照。
(9)この点について上記注7の「参考資料1」のスライド33枚目では、太陽光発電(PV)システムの投資回収年数が15年であることが示されている。また、「あり方研究会」第3回会合の竹内委員提出資料(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001405373.pdf)のスライド16枚目では、エコワークス株式会社社長の小山貴史氏による試算として、投資回収年数12年が提示されている。
(10)「あり方検討会」第1回会合国土交通省説明資料(「資料5」)( https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001400905.pdf)のスライド7・8枚目を参照。
(11)詳細については、カリフォルニア州California Energy CommissionのHPを参照(https://www.energy.ca.gov/programs-and-topics/programs/building-energy-efficiency-standards/2019-building-energy-efficiency-0)。
(12)詳細については、京都府HPの該当ページを参照(http://www.pref.kyoto.jp/energy/renewable_energy.html)。
(13)野村総研による2021年6月8日のニュースリリース「野村総合研究所、2040年度の住宅市場を予測」を参照(https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2021/cc/0608_1)。